水槽の中の人魚の話


ここから出たい。ここから出たいのに。
でも、彼を見ていたいと思うのはなぜ?


ある所に水槽で飼われていた人魚がおりました。
飼い主の青年は、お金持ちであり、人魚のことをとても大切にしていました。
ですが、人魚にはその水槽は狭すぎです。
私は、その人魚を見せてもらったことがあります。

「この水槽はずいぶん大きいけど、君にとっては狭いんじゃないのかい?」

私がそう聞くと、人魚は困ったようににっこりと笑った。

「たしかに狭い。ここから出たいとも思う。でも、彼を見ていたいと思う私もいるの」

私はその一言で確信したのです。人魚は彼に恋していると。
人魚はその水槽のなかでよく歌っていたと聞きます。
青年はその歌をよく聞いていたそうです。
私は青年にも問うたことがあります。

「人魚を外に出してあげないのかい?」

そう聞くと、青年は困ったように笑いました。

「外に出してあげたいけど、外に出したら彼女の歌が聴けなくなるから」

青年も人魚に恋をしていたのです。
そのあとも、人魚に会う機会がありました。
2人はお互い好きあっているのに、それを知らず、声をかけられない。
そして、住む世界が違うため、一歩を踏み出せない。

「私、ここから出たいけど、このままでいいかもしれない」

人魚はある日そう言ったのです。
そして、そのまま水槽の中で一生を過ごしたと私は聞きました。



私も、ずっとこんな旅ばかりしていられない。
家族が待っているのだから。
愛している人がいるのだから。


だから、もうすぐブランシェとともに旅を終えて帰るよ。



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