魔王から逃げた勇者の話


次の日、オーリーはまた海を見ていた。もちろん、ブランシェも一緒にだ。
そこにいつものように子供たちがやってきた。昨日を同じメンバーであることに、オーリーが気づいたのは子供たちが近くに来てからだった。

「オーリー」

子供たちの1人が言った。オーリーはもう、何を言われるかわかっているので、何も言わずに子供たちを自分のまわりに集めた。

「今日は魔王から逃げた勇者の話をしてあげよう」

子供はちは何だかファンタジーな題名にとても喜んだ。子供というのは、いつになってもこういった話が好きである。
オーリーは今日も相手をしてもらえないと拗ねているブランシェの頭をなでながら話し始めた。





***





時代は中世。悪がはびこる時代だ。そこには、魔物がいてその魔物を魔王が総ていた。困った王様は、よくあるように魔王を倒した者に自分の娘の夫にさせるという条件付きで勇者を集めた。
各国の男たちは、これ幸いというように俺が勇者だ、というように名乗りを上げた。だが、つねに真の勇者は1人。勇者の剣という、対魔王武器を手にできるものだけだ。
そして、1人の少年勇者がその勇者に選ばれた。だが、少年は浮かない顔をしていた。
この少年、親にむりやり送りこまされ、嫌々来たのであった。そして、なによりこの少年には欠点があった。

「嫌だよー、入りたくないよー」

勇者は魔王の城まで来たのはいいが、その直前で駄々をこねた。手足は震え、勇者は今にも逃げ出したい気持ちでいっぱいだった。
そう、この勇者。とても臆病なのである。それがこの少年の欠点だった。
だが勇者には今さら引き返し、なぜ倒さなかった! という罵声を浴びる勇気もなく、魔王の城に入る勇気もなく、ただここで佇んでいた。

「おーい、魔王ー!!」

勇者は、震える声で魔王を呼んでみた。もしかしたら、はぁーいとかいって陽気に出てきてくれるかもしれないと思ったからだ。そんな陽気な魔王なら、悪い奴ではないかもと希望していたんだが……あたりはシーンと静まり返っていた。
もしかしたら、返事をしないだけで上から見ているのかも!? と思った勇者は上を見上げた。ちょうどその時、ひょこっと窓から顔をだし勇者のことを見ていた女の子と眼があった。
そう、彼女こそこの城の主で世の中で恐れられている魔王の一人娘で、次期魔王となるものだ。

「はっ、まさか!!?」

だが、勇者はとんだ勘違いをした。当時勇者は、女の子というものは魔物にさらわれ、男たちに助けられるものだと思っていた。実際、そのようなことが頻繁に起きていた。そのためか、悪い女の人とはどこか妖艶であり、ナイスバディな人だと思っていた。男を誘惑するんだから、きっとそうだろうと勇者は勝手に思い込んでいた。
だが、先ほど眼があった彼女は妖艶でもなければ、どちらかというと寸胴のような感じであり、どこにでもいる田舎の少女のように見えた。そのためか、勇者は彼女が魔王に捕まって城から出られなくなってしまった女の子と勘違いしてしまった。

「い、今いくぞ!!」

困っている人をそのままにしておけない勇者は、勇気をだして城の中へ足を踏み入れた。城の中は不気味で、勇者は泣きそうになったが、どうにか魔王の謁見の間にたどり着いた。そこには、さっきの少女と魔王が並んで座っていた。
魔王は勇者が入ってくるなり、何だこいつはといったようにジロリとにらんだ。だが、勇者の剣を持っていることからすぐに自分を倒しにきた勇者だとわかった。

「す、すみません! すぐに帰りますから!!」

勇者は、魔王にぺこぺこと頭をさげ、少女の手をとり、走りだした。その勇者の行動には魔王も少女も驚いていた。

「ちょっと!!?」

魔王を倒しにきたはずの勇者に少女を声をかけたが、勇者は必死さのあまり聞こえていないらしく、返事をしなかった。
謁見の間には、何が起きたのか解らないのか、ぼーぜんとしている魔王が残された。
それから、魔王は娘に何かがあっては困るということで、悪事を働くのをやめ、大人しく城で隠居生活を始めた。勇者は勇者で、魔王の娘をつれ、故郷に戻り世界を救った英雄として、人間たちには尊敬の念を抱かれ、魔物たちにはあの魔王を出しぬき娘を連れ去ったとして尊敬の念をあつめた。
魔王を倒さず、魔王から逃げた勇者は思いこみが激しいせいか、少女が魔王の娘と言っても信じることはなく、相変らず魔王におびえて暮らしていた。結局使われなかった勇者の剣は錆てほったらかしにされてあったという。





***





子供たちは笑っていた。どうやら、今回の話は楽しかったらしい。その笑いは伝染し、オーリーも自分で作った話なのに笑っていた。

「変な勇者ー!」

子供たちは声をあげて笑った。まるで、こんな勇者物語は聞いたことがないかのように。

「本当だね。でも、勇者にとっては笑いごとじゃなかったと思うよ? 魔王や娘にとってもね。そうだね、今ここで笑っていられるのは第三者だからかな」

オーリーはそう意味深にいい、珍しく子供たちより先にブランシェとともにこの場をあとにした。

「笑い話なんかじゃないさ。勇者は一歩間違えば生きてはいなかったんだから」

そのつぶやきは子供たちの耳に入ることなく、風がどこかへ運んで行った。



BACK|モドル|>>NEXT