王の祈り


海を渡ったハノンと、ソナはバンク国の港にきていた。

「ふわ〜……やっと、着いたー!」

ソナは大あくびをしながら、大きく伸びをした。

「やっとって、お前殆ど寝てたじゃん」

ハノンはそんなソナを見て、やれやれと溜息をつく。
ソナは、へへっと笑った。

「えーと、確か教会に行くんだっけ?」

ソナはグレンから言われたことを思い出し、キョロキョロとあたりを眺めた。
このあたりがバンク国のどのあたりかはわからないが、見た感じでは見える所には教会はなさそうだ。

「取り敢えず、街中に行って情報収集でもする?」

ハノンはソナの問いに、コクンと頷き、二人は港から離れた。


バンク国は商人の国だ。
街中に行けば行くほど、様々な店が建ち並び、人が群がり、ある所では大勢の人が一列に並んでいた。

「何だ、あの列」

ソナが興味を持ったのか、列を見た。しかし、人が多すぎて何も見えない。
ふと、ハノンが近くの掲示板に目をやると、そこにはバンク国名物大食い大会のポスターが貼られてあった。

「もしかして、あれの申し込みとか? ほら、今日の正午まで参加者募集って書いてあるし」

ハノンは、ソナにもわかるようにポスターを指差した。
ソナも、ポスターを見るが、ソナは字が読めないため、何て書いてあるかわからず、首をかしげた。

「大食い大会に出て、優勝すると賞金がもらえるみたいだよ」

ポスターの内容を興味はないと言った感じで、淡々と読むハノン。
だが、賞金と聞いた途端、ソナの目が輝いた。

「賞金! ハノン、俺、参加する! 賞金が出るなら参加しない 手はないぜ!? ハノンが出なくても俺は出る! 俺は勝つ自信がある!」

ソナは、威張ったようにそう言うと、ハノンの静止も聞かずに、ハノンを引っ張りそそくさと列に並んだ。
参加の仕方はいたって簡単で、紙に名前を書くだけであった。
ソナは字も書けないので、ハノンを説得し、名前を書いてもらった。
ハノンはやれやれという感じで溜息をついたが、ソナの名前だけを書いた。

「ちゃんと賞金もらえよ。それ、旅の資金にするから」
「よーし、俺、ハノンの分も頑張っちゃうぞー!」

列から離れ、ソナが気合を入れた。


大食い大会は、何人かのトーナメント式で、時間内に一番多く食べた人が勝ちというルールだった。
ソナの胃袋には底がないのか、ただ単に腹が減っているだけなのか、次々と出てきた食べ物を平らげていった。
ソナは、何の苦労もせずに、決勝に進み、あっという間に優勝してしまった。
ハノンは、そんなソナをあんぐりと口を開け、呆れた顔で見ていた。まさか、優勝するとは思ってはいなかったのだ。

「ハノンー、俺の言うとおりだっただろー?」

賞金を貰ったソナは、嬉しそうにステージから降りてきた。
ソナはにっこりと微笑み、ハノンは溜息をついた。

「何で、ハノンは俺が笑うと溜息をつくんだ?」

ソナは不思議そうな顔でハノンを見た。
ハノンはパンを買い、食べた。

「そんなことより、さっき教会の場所を聞いておいたよ。さっそく行こう」

ハノンは話を変えた。
ソナはそれにまったく気づかなかった。

「オッケー。教会へ急ごう!」

ソナはいつものように笑う。
二人は、バンク国外れにある教会へと、歩き出した。



教会への道のりは、それほど遠くはなかった。
町の人に近道を教えてもらい、ハノンたちは森の中を進んだ。森の出口付近に、教会は姿を現した。
古ぼけた教会がひっそりと建っていた。

「ん? 雨か?」

突然、水滴を感じたソナは空を見上げる。雲行きが怪しくなっている。
ポツン、ポツンと水滴が顔にあたり、雨粒は大きさをまし、徐々に雨は激しくなっていった。

「うわっ!? 何で急に!? とにかく教会の中へ!」

ソナはハノンの手を引き、教会の中へと飛び込んだ。

「ごめんくださーい」

教会の扉を開け、中に入った二人。
さっきの雨で、服も髪もびしょびしょになってしまった。
ソナが大きな声で、そう言ったが返事は返って来ない。

「誰もいないのかな……?」

シーンと静まり返っている教会をハノンがキョロキョロと見渡す。
誰かがいる気配はしないが、扉が開いていたということは、誰かがいるはずだ。
その誰かを探していると、急にソナに服を引っ張られた。

「何だよ?」

ハノンは不機嫌そうに、ソナの手を振り解き、ソナを見た。ソナは、どこか一点を見つめている。
その視線を追うと、そこにはまるで置物のように、同い年くらいの透き通るような青い目のシスターの少女が身動きせずに、 立っている。少女は遠ざかるわけでもなく、近づくわけでもなく、ただそこにいて、ハノンたちを見ている。

「あ、あの! 勝手に入ってきちゃったけど、俺達怪しいものじゃないんだ。 旅人で、ここにいるグレネーズ神父っていう人に会いにきたんだ」

ソナは、ただ見ている少女に事情を説明する。
だが、少女は顔色一つ変えずにハノン達を見ている。

「どうしました、メリー」

ソナ達の声が聞こえたのか、少女の後ろにあるドアが開き、神父がひょっこりと顔を出した。
神父はハノン達に気付き、微笑む。

「お客様ですか? 突然の雨で大変だったでしょうに。ゆっくししていって下さいね」
「あなたが、グレネーズ神父ですか?」

神父がそう言い終わった後、ハノンが直ぐに問うた。
神父は自分を知っている子供たちに不思議そうな目をむけ、「そうですよ」と答える。
ハノンとソナは、その言葉を聞き、お目当ての人物に会えたのが嬉しいのか、ガッツポーズをした。

「良かった。俺達、あなたに会いにきたんです。師・グレンがあなたならきっと力になってくれるだろうと言われて」
「グレン……ですか?」
「神父様、おっちゃんを知ってるの?」

グレネーズとハノンの会話に、ソナが割り込んだ。
その間も、あの少女は二人のことを上から下まで、ジロジロと観察している。

「はい。グレンとは友人です。でも、話がみえないのですが……。一体どういうことですか?」

グレネーズはきょとんとしていた。
だが、ハノンは事の顛末をしゃべりたくないのか、俯いてしまった。

「じゃあ、俺が代わりに話すよ。えっと、この子。親を殺した人達に復讐がしたいんだ。 それで、グレンじいちゃんの所で、剣を学んでいた。 俺は途中で、お頭が迎えに来たから一緒に行った時もあったんだけど、 それで旅立つ時に、じいちゃんに、グレネーズ神父っていう人が力になってくれるって言われて……」

話終わったあと、ソナはしゅんとなった。
ハノンの名前を出しちゃいけないというのは、聞いていたし、きっとアシュル王国のことも話してはいけないのだろうとも思っていた。 そのあたりを隠しながら話していたら、自分でも何を言いたいのかがわからなくなってしまったのだ。
グレネーズはチロリと、ソナの手の甲にある刺青を見た。

「君は、もしかして、バイエルの所の団員ですか? バイエルも同じような刺青をしていました」
「え? お頭を知っているの?」

ソナは驚いた顔で、グレネーズを見た。
バイエルのことも、ソナタのことも一言も口に出してはいないのに、グレネーズは知っていた。
グレネーズはにっこりと微笑んだ。

「えぇ、同じ小さな村で育った幼馴染なんです。 彼はその頃から、盗賊団と作るって言っていましたね。もしかして、君はソナチネ君ですか?」

「え!? 何で俺のこと知っているの!?」

ソナは再び驚いた。
グレネーズはそんなソナを見て、クスっと笑った。

「バイエルから聞いたことがあります。子供を拾ったと。 名前を聞いたのはその時ではないですけど。私にも、色々ありましたので。グレンの力になれって言うのはきっと……」

グレネーズがそう言いかけると、窓ガラスが割れる音がした。
少女が驚いたのか、一瞬だけビクっとなった。

「な、何だ?」

ソナがキョロキョロとあたりを見渡す。

「見て。あそこのステンドガラスが」

ハノンが粉々になっている一番大きなステンドガラスを指差す。
その窓だけが他の窓と違い、割れている。
内側に破片が飛び散ったところを見ると、外からの力によるものだろう。
だが、風は吹いていなく、雨だけでステンドガラスが割れるなんていうのは不可能だ。
四人は急いで、割れたステンドガラスの傍に行った。

「……酷い」

近づいて、粉々になったステンドガラスを見て、少女が呟く。
少女がさらにステンドガラスに近づき、割れた破片を拾おうとしたが、それはハノンによって制された。
少女は不機嫌そうな顔でハノンを見た。

「誰かいる。近づいちゃダメだ」

ハノンは静かにそう言った。ソナがゴクリと息を飲み、周りに緊張感が走る。
割れた所から、雨が教会に吹き込み、空が光る。
そんな張り詰めた空気の中、グレネーズの携帯電話が不気味に鳴り響いた。

「神父様」

グレネーズは携帯電話を握り締め、着信画面を見ている。
ハノンは、グレネーズに声をかけ、一つ頷く。
それを見たグレネーズも頷き、非通知と着信画面に出ている電話に出た。
ハノンとソナは、相手の声を聞く為か、電話の近くへと寄った。

「……もしもし?」

グレネーズの緊張した声が、相手へと伝わる。

『あ、やっと出たー。グレネーズさん、出るの遅いっすよ』
「その声はロデルくんですね」
『ピンポーン。グレネーズさんが武器をくれないから、 先輩が怒っちゃってさー。今、刺客を差し向けたとこ。せいぜい頑張ってね』

電話は一方的に切られた。
三人は顔を見合わせ、ロデルの言ったことを理解しようとしていた。
そんな時、ソナがあることに気付く。

「そういえば、あの女の子、いないよ?」

電話が鳴った時には確かにいたはずの少女。その少女が今や忽然と姿を消している。
三人がキョロキョロとあたりを見渡していると、少女の悲鳴が聞こえた。

「メリー!」

グレネーズはすぐさま悲鳴に反応した。悲鳴は外から聞こえてくる。
グレネーズは割れたステンドガラスから外にでようとしたが、ハノンに進路をふさがれる。
ハノンは雨が吹き込む、割れたステンドガラスを見据えていた。雨は段々と激しくなっている。

「そこにいる奴、いい加減出てこいよ」

ステンドガラスを見据えたまま、ハノンが静かな声で言った。
沈黙が流れる。聞こえるのは雨音だけ。

「何だ。見つかっちゃったかー。お前、案外やるね」
「メリッサ!!」

割れたステンドガラスの向こうから、メリッサと呼ばれた少女の頭に銃を突きつけたオレンジ色の髪の男が出てきた。 男の声は、先ほどグレネーズが電話で話していた男の声と同じ声だ。

「グレネーズさん、いい加減武器のありかを教えてくれないかなー? まだ隠し持ってるんだろ?」
「お前! 女の子に何てことするんだよ! 大体、教会に武器なんかあるわけないだろ!」

ロデルの卑怯な手に、ソナが憤慨する。
ロデルはそんなソナを見て、呆れたように溜息をついた。

「何だお前。何も知らないで、ここにいたのー? そんなことより、グレネーズさん。 はやく武器のありかを教えてよ。この子がどうなっても知らないよ?」

ロデルはにっこりと笑い、引き金に指をかける。
少女の顔が恐怖で歪み、目からぽろぽろと涙がこぼれる。

「……武器は、地下にあります」

グレネーズは、俯き答える。
その答えを聞いた途端、ロデルは拳銃をしまい、メリッサを放した。ソナがすかさず助けに入る。

「ありがとう。グレネーズさん。ハイエナ、後は頼んだよ」
「はーい」

ハノン達の背後から甘ったるい男の声が聞こえ、グレネーズは背中に痛みを感じた。
ロデルはもう消えていた。

「神父様!」

メリッサが泣き叫ぶ。それを見て、ハノンは何かを感じた。
何も出来ない自分、血を流す人。ハノンは剣を抜き、グレネーズを抉る様に刺している男に斬りかかった。

「おっと。危ないなー」

男、ナックルはグレネーズからナイフを抜き、ハノンの剣を軽々と避けた。
グレネーズの背中から血が溢れ出し、崩れ落ちる。

「ハノン! 今のうちに逃げるよ!」

ソナは鞄から、煙球を取り出し、男に向かって投げた。
あたり一面に煙が充満し、ソナはハノンをひっぱりだした。
煙で視界が悪く、何も見えない。煙が晴れたころには、ナックルだけが教会に佇んでいた。  



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