王の祈り


馬を走らせ、ロデルの向かった先は、森の中に建つ、古い屋敷であった。
屋敷は薄汚れ、草木はぼうぼうにはえている。屋敷の中からは絶えず女性の悲鳴が聞こえてくる。

「先輩も嫌な仕事おしつけるよなー」

ロデルはぶつくさと言いながら、さび付いた門を開けた。
門から屋敷の扉まで行く道は、よく出入りしているのか、草が生えていない。
ギィっという音を立てながら扉を開けたロデルは、屋敷の中を除きこんでから中へと足を踏み入れる。
屋敷の中は薄暗く、所々血痕が落ちて、天井にはくもの巣がある。何だか生臭い臭いもする。
人が住んでいる気配があるのに、ほこりまみれで薄暗い屋敷。あまりの埃っぽさに、ロデルは咳こんだ。
その間も女性の悲鳴は屋敷内へと響き渡り、ロデルは悲鳴が聞こえる方へと急ぐ。


気味の悪い薄暗い廊下を進んで行くと、扉の下から光が漏れている部屋があった。
どうやら、女性の悲鳴はこの部屋から聞こえているらしく、ロデルは部屋の前で立ち止まる。
暫く、部屋に入るのを戸惑っていたロデルだが、生臭い臭いのする部屋の中へと入る。
扉を開けた瞬間、生臭い臭いが一気に広がり、鼻についた。思わず鼻をつまみたくなるほどの臭い。
部屋の中を見渡すと、夥しい血と、部屋の真ん中にいる一人の白髪の若い男。
男の足元には、顔の判別がつかなくなった悲鳴をあげている女性。
部屋の隅には、小柄な若い女が気を失って倒れている。怪我はしていないようだが、顔が青ざめている。

「やぁ、ハイエナ。お前に仕事だよ」

ロデルは、開けたドアを掴んだまま、そう言った。口は笑っていたが、目は笑っていない。
男は、女性から手を離し、ロデルを見た。
男の前身は、返り血なのか血だらけだ。男の首の後ろには、番号が刻まれている。

「なんだ、ロデルか。何の用? 今、お楽しみの最中なんだけど」

男は不機嫌そうな顔をし、指についた血を舐めた。

「そんな顔するなよ。どうせ、仕事の後のお楽しみだろ? どーせ、今回も長いお楽しみになるんだろ?」

ロデルは、部屋の隅で気を失っている女とチロリと見た。
男もそれに気付き、少女を見た。

「嫌だな。ヒヨリは違うよ。何度も会っているだろ? 俺の恋人」

男はにっこりと笑い、女に近づき、血の付いた手で女の頬を撫でた。
女の頬にべっとりと血がついた。女性の悲鳴が聞こえなくなった。

「それで? 俺に仕事って?」

男は、再びロデルを見る。

「先輩から直々の仕事だよ。バンク国の外れにある教会に神父とシスターを始末しろとのご指令さ。 ほら、お前も聞いたことぐらいはあるだろ? グレネーズって。 始末した後はお前の好きにしていいけど、教会にある武器には手を出すなだってさ」

ロデルは教会がある場所の地図を床に置く。
男は地図を取りには来なかったが、首をかしげる。

「グレネーズ、グレネーズ……あぁ、武器商人の。でも、何でシスターまで?」
「あぁ、そこのシスター、メリザ地方出身で、スローネ家の娘の可能性が高い。 メリザ地方、独特の目の色だったし、スローネ家の娘って行方不明だろ? 俺は実際に顔を見たけど、 髪の色とかもその娘と同じだったよ」
「へぇ、凄い教会だね。ちゃんと報酬は弾んでくれよ」

男はニヤリと笑う。だが、ロデルは笑わなかった。

「俺も教会で合流するけど。とにかく、頼んだからな」

そう一言だけ言い、ここにいたくないのかロデルは足早に屋敷を去っていった。
男はしゃがみ、悲鳴をあげなくなった女性を床に落ちていたナイフでツンツンとつく。何も反応がない。

「何だ。ロデルと話しているうちに死んじゃったの。つまらないの」

男はつまらなさそうに、動かなくなった女性を蹴飛ばした。
女性は、壁に激突し、だらりと床に落ちた。男は大きく伸びをしたあと、気を失っている女を見やる。

「ヒヨリ、起きて」

しゃがみこみ、女を揺する男。男が触ったところに、べったりと血がつく。
肩や、頬に。男は女が起きるまで揺すり起こす。

「ん……、ナックル……?」

気がついたのか、ヒヨリと呼ばれた若い女の意識が戻り、ゆっくりと起きあがる。
男、ナックルはそんなヒヨリを見て、笑顔になり、ヒヨリを抱きしめた。

「もう、急に倒れたから心配しちゃったじゃないか」

ナックルは微笑み、ヒヨリの髪を撫でる。
ナックルが触ったところに、ナックルと触れた所にべったりと血がつく。
ヒヨリはそれが嫌なのか、未だに青ざめた顔をしている。

「さて、ヒヨリ。俺はこれから仕事でバンク国に行かなければならない。良い子でお留守番できるかな?」

ナックルはヒヨリを離し、まるで小さな子供に言うかのように囁く。

「うん。大丈夫だよ」

ヒヨリがそう言って微笑む。
ナックルも微笑み、ヒヨリを抱き寄せ、頬にキスをする。

「じゃあ、行って来るからね」

ヒヨリを離し、そう言って微笑んだ後、ナックルは出かける準備を初め、屋敷を後にした。
屋敷に一人残されたヒヨリ。ヒヨリは、部屋の掃除をし、女性を庭に埋葬する。
部屋が綺麗になると、シャワーを浴び、体についた血を洗い流し、服も着替え、ナックルには内緒で本棚の奥に隠してある日記を取り出す。
何回も読んだ日記だが、ヒヨリは再びページを開いた。


数年前のことである。ナックル、ヒヨリの故郷であるブローレンス国が何者かに侵略された。
アシュル王国が潰され、メリザ地方の国が潰された後のことである。
ヒヨリは、幸いな事に留学先でそのニュースを知った。学校の人の反対を押し切って、ヒヨリは国へと帰る。
その時にはもう、すでに遅く、ヒヨリたちが生まれ育った小さな村も、全て焼き払われていた。
そんな中、ナックルが一人佇んでいた。一体、何があったのか。ナックルの手にはべったりと血がついていた。
再会した時には、昔の優しいナックルではなくなっていた。
ヒヨリは、日記を読み、涙をこぼす。ナックルが書いた日記。
幸せだったあの頃から、おかしくなったナックルが現れるまで書いた日記。
日記の中でつづられる、ヒヨリへの一途な愛と、死への恐怖、死神の存在、もう一人の自分。
おかしくなったナックルがあの時手にしていた日記。一体、ナックルに何があったのか。
ヒヨリはそれを知りたかった。死神なんていうものは存在しない。
もし、今のナックルが日記で出てくるようにもう一人のナックルなら、元に戻してあげたい。解放してあげたい。
ヒヨリは、そう思い、ここまでついてきた。

「ナックル、絶対もとに戻してあげる。解放してあげる。こんなことは、私が終わらせる」

ヒヨリはロデルが置いた地図を手にとり、前を向く。
自身のお腹を摩り、一丁の拳銃を手に、ナックルの後を追った。  



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