王の祈り


四人は雨の森の中を走っていた。
グレネーズは、ハノンとソナに支えられながら。

「神父様、しっかり。何なんだ、あの男達は」

森の中で雨に濡れないで、休める場所を見つけたソナが、グレネーズを木の根元に座らせる。
ハノンは直ぐに手当てに入った。止血をし、額に巻いている白い鉢巻を包帯代わりに使う。
メリッサは、恐怖で震えている。

「すみません、君達を巻き込んでしまい」
「気にしてないから大丈夫。それよりあいつらは?」

ソナは俯いたグレネーズに問う。
追ってくる気配は今のところはない。

「あいつらは、オレンジ色の髪の男はファントムレイブの一員です。 もう一人の男は……、そのファントムレイブに脳を改造された男でしょうね」
「ファントムレイブ? 脳を改造? 何だそれ? ハノンは知ってる?」

ソナは全く知らないことを言われて、首を傾げた。
同時に、自分より年下だが色々なことを知っているハノンに問うた。

「いや、知らないよ」
「何だ。字もかけて読めるハノンにも知らないことがあるんだ」
「普通は知らないですよ、彼らのことは。ファントムレイブとは、裏世界を牛耳る巨大マフィアのことです。 彼らは、さっき私を指した男のような存在を作り出したり、国を滅ぼしたり……。 覚えているかはわかりませんが、アシェル王国を潰したのも彼らです。最近では……」
「アシェル王国だって!?」

話の途中だっていうのに、大人しくグレネーズの話を聞いていたソナが、すっとんきょうな声をあげた。
その場にいた全員が、その声に驚いたが、ソナは気にせずにハノンを見た。

「ハノン! 聞いた? ファントムレイブだって! ハノンの国を滅ぼしたのは、ファントムレイブだって!」
「ソナ!!」
「あ、やべっ……」

ハノンの声で、ソナは口を紡いだ。ソナの顔には、声に出した言葉通りヤバイと書いてある。
ハノンはやれやれと溜息をつき、腹をくくった。グレネーズはハノンを見て、驚いた顔をしている。

「そうか。ハノン……、いや、でもアシェル王国の姉弟は死んだと……」

グレネーズは困惑しているようでもあった。ハノンは何も言わなかった。
何も言わずに、グレネーズのことを見ていた。

「で、でも何で神父様がそんな連中から狙われているの?」

ソナが慌てて話を変えた。
グレネーズは、ソナを見た。

「それは……私が武器商人だったからです。 昔の私は、武器の流通をほぼ一人で牛耳っていました。私にとって、ファントムレイブは大切なお客様でした。 お金さえあれば、どんな組織にも武器を売りさばしていました。 多分、グレンはその頃の私を知っているので、力になれると言ったんでしょう。 武器商人も初めは良かったです。ですが、アシェル王国や、メリザ地方を滅ぼされたのを目にし、 自分の罪にやっと気付きました。私は姿を隠し、あの教会の神父に倒れている所を助けられました。 その神父は歳をとっていたので、私が神父になったことに亡くなってしまいましたが……。 一応、グレンとバイエルには居場所を知らせましたが、まさかファントムレイブにも知られてしまうなんて……。 彼らは私が隠し持っていた武器が欲しくてやってきたんでしょう。前の神父の進めもあり、 武器は地下に隠しておいたのです」

グレネーズがそう話すのを聞き、ハノンは再び心に黒い感情が表に出てきたのを感じていた。
両親を殺して、国を奪ったのはファントムレイブ。
そういえば、あのオレンジ色の髪の男もどこかで見たことがあるような気がしていた。
心の中で、忘れないようにファントムレイブの名を呟く。
だが、同時に目の前にいる神父が憎くてたまらなくなった。
ハノンは立ち上がり、深く沈んだ憎しみの目で、グレネーズを見下ろした。

「アシェル王国は、神父様が売った武器で滅ぼされたんですか?」

淡々とした口調。滲み出る憎しみ。
ソナとメリッサは身震いをし、グレネーズは恐怖すら感じた。
ハノンは無意識のうちに、背中にある剣を抜いた。

「は、ハノン! お、落ち着けよ! この人はハノンが探している人じゃないだろ!」

ソナがハノンを宥めようと、近くに行くがハノンの耳にその声は届いていないのか、ソナを無視した。

「……私の売った武器が何に使われたかはわかりませんが、多分、そうだと思います。 私から買った武器で、アシェル王国を滅ぼしたと思います」

グレネーズはハノンを見上げた。憎しみが湧きあがってくる。
目の前の男を殺したいほどに、この男が武器を売らなければ、アシェル王国は滅ぼされなかったかもしれない。
絶対的に、何かが変っていた。今でも目に浮かぶ両親の姿。憎しみで心が覆う。
ハノンは無意識のうちに、目の前の武器商人に向かって剣を振り下ろした。

「ハノン!!」
「神父様!!」

ソナとメリッサの声。グレネーズは目を瞑り、死を覚悟する。
音は、しなかった。剣は、地面に振り下ろされた。
憎しみは消え、罪悪感で心がいっぱいになる。泣きたくなる。泣けたらどんなに良いだろうか。
ハノンは剣を仕舞い、グレネーズに背を向けた。

「くそっ……」

行き場のない憎しみと怒りと、罪悪感を発散させるかのように、木を殴る。
メリッサは、グレネーズに、ソナはハノンに近寄った。

「いいんですか?」

グレネーズがハノンに問う。
ハノンは何も言わなかったが、振り向いた時には、憎しみを自身で押さえ込んだのか、いつものハノンに戻っていた。

「と、とにかくさ! 先を急ごうよ! あいつらもしかしたら追ってくるかも知れないし! 神父様の手当てもちゃんとしたいしさ」

ソナが焦りながら、場の空気を変える。
メリッサはハノンを睨んでいた。

「でしたらアーツ国が近いですね。森を抜けたら直ぐですよ」

グレネーズは、先ほどのことがなかったように答える。

「アーツ国だったら、俺の知り合いがいるよ! 夜になる前に急ごう!」

ソナは再びグレネーズに手を貸し、今度はメリッサとソナでグレネーズ神父を支えた。
先ほどあんなことがあったから、メリッサはハノンをグレネーズ神父に近づけさせたくないのだろう。
四人は再び、森の中を歩き始めた。雨は、もう止んでいた。



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