王の祈り


夢を見た。あの時の夢だ。でも、決して泣きはしない。約束したから。

「くそっ……、一体何年たったと思ってるんだ……」

うなされ、汗びっしょりで夜中に目が覚めたハノン。どこからか風を感じ、身震いする。
窓が開いているのか、カーテンが風で揺れている。だが、宿屋に来てから一度も窓は開けていない。
ふと、隣のベッドに目をやると、いるはずのメリッサがいない。ソナはいるのに、メリッサがいない。
開いているはずのない窓。ハノンは何だか嫌な予感がした。
ここは三階で、窓からメリッサが出たとは考えにくい。
ハノンは、直ぐに旅立てるように準備をし、剣を背負う。

「ソナ、起きろ。メリッサがいない」

ブーツを履き、ベッドから降りてソナを揺すり起こす。
ソナは、眠たそうに目をあけた。

「何、ハノン。変な夢でもみたの……?」

大きなあくびをし、目をこするソナ。
ハノンが旅支度をすんでいることから、自身ものそのそと起き上がり、準備をする。

「メリッサがいなくなった」
「うぇ!?」

ハノンの言葉を聞き、驚きの声をあげるソナ。
眠気もどこかへすっとんでしまったかのように、メリッサが寝ていたベッドを確認する。
ベッドの下にも、トイレにもどこにもいない。ふと、ハノンの耳に何かが聞こえてきた。
慌てているソナを制し、耳をそばたてる。聞こえてきたのは、微かに誰かがすすり泣く声。
その声は、クローゼットの中だ。

「ここだ!」

クローゼットの扉を開け放つハノン。
中には、あの時、グレネーズを刺した男が、メリッサの口を手で塞いでいた。
メリッサは恐怖に怯え、震えて泣いていた。

「あーらら。見つかっちゃた」

ナックルは、楽しそうにニヤリと笑った。

「あ! お前! あの時の!! メリッサを放せ!」

ソナがナックルにタックルをする。
狭いクローゼットの中で、避けることは出来ずに、ナックルはタックルをくらい、思わずメリッサを放してしまった。
その隙に、ハノンがメリッサとソナを引っ張り出し、クローゼットの扉を閉める。
棚や、ベッドをクローゼットの扉の前に移動し、クローゼットを開かなくする。

「おい、何だよ、これー?」

押しても引いても開かなくなったクローゼットの扉。
閉じ込められたナックルは、状況がわからず、困惑した声を出す。
三人は、その間に逃げるように宿を後にした。

「何で、あの男がここに居るんだよ!」

宿を飛び出し、走っている最中にソナがそう言った。

「知らないよ! 窓が開いていたから、窓から入ってきたんだろ。 そもそも何でメリッサを狙ってんだよ! あいつの狙いは神父様じゃないのか!?」

先を走るハノンは振り向かずにそう言った。
メリッサはソナに手を引かれながら走っていたが、すっかり怯えてしまっている。

「と、とにかく森の中へ!」

三人は、急いで森の中に飛び込んだ。




ヒヨリはアーツ国に来ていた。
バンク国の教会に行ったはいいが、誰もいなく、血の後が森へと続いていた。
その先がアーツ国であるとわかったヒヨリは教会には入らずにアーツ国へと向かったのだ。
全ては狂気とかしたナックルを止める為に。だが、どこにいるのかわからない。そんな時だ。
もう、夜だというのにある宿屋の前で、人だかりを見つけた。

「何かあったんですか?」

ヒヨリは野次馬の一人に問う。

「何かって、変な男が三階の窓から降りてきたんだよ。ほら、あそこの部屋だ。 さっき、人に聞いたんだが、男がいた部屋はめちゃくちゃになっていて、そこに泊まっていた子供三人が消えたそうだ」

野次馬の一人はそうヒヨリに話した。ヒヨリは何だか嫌な予感がした。
消えた子供は、多分ナックルのターゲットだろう。ヒヨリは、そのような現場を何度も見てきた。

「それで、その男はどこに向かったんです!?」

終わらせることを決意するヒヨリ。ヒヨリは再び問うた。

「森の中に入って行ったのを見た人がいたよ」
「そうですか。ありがとうございます!」
「お、おい。お姉ちゃん、どこに行くんだい!?」

野次馬を無視し、走り出すヒヨリ。
全ては、終わらせるために。




森の中に入ったハノン達は、木の影で息を整えていた。

「一体、なんだってんだよ」

体を二つに折り、息を整えているソナが悪態をついた。
何で、メリッサを狙っているんだよと。

「てか、あいつ気持ち悪すぎ」

あたりを警戒しながらハノンが悪態をつく。
ハノンも息があがっていた。

「いる?」
「いや、見えない」
「なら、少し休もうよ。疲れちゃったよ」

ナックルの姿が見えないのを確認すると、ソナは崩れるようにその場にへたり込んだ。

「ほら、メリッサも座れよ」

ソナは、まだ少し震えているメリッサに自分の隣を叩き、座るように促がす。
メリッサは、首を横に振り、座りはしなかった。
ソナも、断られたのが特に気にならないのか、大きなあくびをした。空を見上げると、星が瞬いている。

「あいつ、何だっけ? 脳を改造されたとか。その時点で意味わからないよ」

ハノンは木に寄りかかったが、警戒はとかなかった。心臓がドキドキ言っている。
少し、ここで休みたい気もするが、ここから離れなければいけないという思いもあった。

「……きっと、神父様が言っていたファントムレイブよ。そもそも、何であいつは私を狙っているのよ……」

だいぶ落ち着いてきたメリッサがそう言った。
ソナとハノンはそんなメリッサを見て、うーんと唸った。

「確かにそうだよな。逃げ回っててもしょうがないし。何か、あいつ聞けば教えてくれそうな感じするし。 どうせ、あのクローゼットの中から出てくるだろ?」

ソナは腕を組み、うーんと唸り、ハノンをチラリと見た。
ハノンもその視線に気付いた。

「そうだな。ファントムレイブの事、何でメリッサを狙っているか。それがわかれば対策が立てやすくなるもんな」

ハノンの言葉に、二人は頷いた。

三人は、ここでナックルを迎え撃つことにした。
暫く、そこで待っているとナックルは不気味な笑みとともに、姿を現した。

「何だ。逃げないの? もう鬼ごっこは終わり?」

ナックルはいやらしくニヤリと笑う。
まるで、好物でも見ているかのように、ペロリと唇を舐めた。

「お前に聞きたいことがある」

ハノンははっきりとそう言った。
ナックルは面白そうに笑った。

「へー? 何だい? 俺の知ってること?」

ナックルは楽しそうに笑う。まるで、なぞなぞ遊びをしている子供のように。
ハノンは、キッとナックルを睨んだ。

「あんたは何? 脳を改造って何? ファントムレイブって何?」
「メリッサをどうして狙ってるんだ!」

ハノンとソナが声を荒らげた。ナックルは、またニヤリと笑った。

「何だ。そんな事〜? そんなの簡単だよ。ファントムレイブは巨大マフィア。俺の脳をイジクったのもファントムレイブ。 ファントムレイブは独裁者が嫌いだからねー。だから、色んな国を滅ぼしているんだよ。 これは聞いた話だけど、一人殺し損ねたらしいんだよねぇ。それがそこのシスター。 メリザ地方を滅ぼした際に、ずっと行方不明になってたんだって。 多分、領主がどこかに隠したんだろうってはなってたんだけどね。で、その娘が見つかったから、 俺にシスターを始末しろって依頼が入ったの。本当はグレネーズも始末しなきゃいけないんだけどさ、 あいつどこにいるかわからないし〜?」

ナックルは、ケラケラと笑った。三人はその不気味な笑いに、恐怖を抱いた。
だが、ナックルの話を聞き、ハノンはある事がわかった。

「それより、鬼ごっこは本当にもう終わりなのー? じゃあ、やっちゃっていいのー?」

ナックルは笑いながら、腰に刺してある二本の剣を抜いた。
その剣は、普通の剣とは違い、ノコギリのような刃がついていて、急にチェンソーのような音を立て始めた。
三人は息を飲んだ。

「これは俺の相棒。大丈夫だよ、直ぐ終わるから」

にっこりと微笑むナックル。
三人は目配せし、次の瞬間には一目散に走り出した。

「冗談じゃない! やられてたまるか!」

走りながらのソナの必死な訴え。メリッサもハノンもそう思い、必死に走った。
音だけが頼りだった。チェンソーの音、ナックルの笑い声。夏でもないのに、汗が滲み出る。
地の利もないこの森の中で、三人は逃げ切ることが出来るのか。
あいつはどこまで追ってくるのか、ハノンにはそれが気がかりだった。
何かから遠ざける為や、時間稼ぎならこのまま見逃してくれるかもしれないが、そうじゃない。
ナックルはメリッサの命を狙っている。きっと、メリッサが死ぬまで追ってくるだろう。

「メリッサ、大丈夫?」

走っている途中で、メリッサの足が止まった。そんなメリッサに気付き、ソナが駆け寄る。
苦しいのか、痛いのか、メリッサはわき腹を押さえている。息もあがっている。

「もう、走れない……」

やっとの思いで、口に出した言葉。
メリッサは、今の今までただのシスターだった。復讐を誓うハノンや、盗賊のソナと違って、何の訓練も受けていない。
そんなメリッサには、もう限界だった。教会で、グレネーズが刺され、自分が襲われ、ずっと走り続けている。
肉体的にも、精神的にも限界であることは、ハノンにもよくわかった。
だが、こうしている間にも、ナックルは迫ってきている。

「ハノン、どうする? どこか安全な場所で、朝まで過ごせればいいんだけれど」

ソナは、ハノンを見、森の中を見渡す。
何か洞窟のようなものでもあれば休めると思ったのだが、そんなものは見つからない。
ハノンには、どうすればいいのかわかっていた。
成功する確率は少ないが、成功すれば、もう逃げ惑う必要はなくなる。

「ソナ、メリッサ連れて行ってくれ。俺があいつの相手をする」
「え!?」

ソナの驚いた声。

「何で!? 三人で逃げようよ。追いつかれた時は俺も戦うよ!」

ソナは、ハノンが何をしようとしているのかわかった気がした。だから、引き止めたかった。

「ムリだよ。だから俺が時間を稼ぐ。それと、メリッサ。多分、メリッサの親はメリッサを捨ててないよ。 あいつの話を聞いてそう思ったんだ。メリッサを守るために、メリッサを手放したんだ」
「!? そんなの嘘よ!!」

ハノンの話を聞き、メリッサが声を荒らげる。

「嘘じゃないよ。メリッサはメリザ地方の領主の娘。メリザ地方を滅ぼした時から行方不明になっていた娘。 皆がメリッサを守ったんだよ。本当かどうかは、きっとメリザ地方に行けばわかる」

メリッサは返す言葉が見つからなかった。

「ハノン……」

ソナが情けない顔で、ハノンを見る。
その顔は今にも泣き出しそうで、ハノンは溜息をついた。

「大丈夫だって。絶対、後を追う。こんな所で死ねないよ」

ハノンは安心させるように、ソナの背中を叩く。
その直後、微かではあるが、チェンソーの音か聞こえてきた。
その音を聞いた途端、メリッサは小さな悲鳴をあげ、震え出した。

「ソナ、早く行け。ちゃんと後を追うから」

ハノンはそんなメリッサを見て、急かすようにソナに言った。
ソナは戸惑っていたが、ついに決心し、メリッサの手を引き、走り出す。

「絶対追ってこいよ! 約束だからな!」

振り向いて、ハノンに告げるソナ。
それを最後に、ソナは後ろを振り向かずに走り始めた。

チェンソーの音は段々近くなってきた。ハノンは背から、剣を抜き構える。
何故か、弟のルイや両親、グレンのことを思い出した。

「父様に、何か大切なことを言われていた気がする」

一人呟くハノン。思い出せない父の言葉。
ずっと父が言い続けてきた言葉。憎しみで覆い尽くされた心では思い出せない。

「あらら? 一人? 置いていかれちゃったのー?」

森の中からナックルの甘ったるい声が聞こえた。
近くに来れば来るほど、不気味な笑みを浮かべているのがわかる。

「まぁ、どっちでもいいや。まずは君からだね」

チェンソーの音が鳴り響く。



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