王の祈り


ソナとメリッサは、大きな岩場を見つけ、その後ろで休んでいた。
ハノンは一体どうなってしまったのか、あれから随分と時間がたつ。

「大丈夫だよ、俺がいるし、ハノンは強いし」

ソナは震えるメリッサの手をぎゅっと握り締めた。だが、握り締めたソナの手も震えていた。
いつになったら夜が明けるのだろうか、いつになったらハノンは現れるのか。
一分もの時間が一時間にも感じた。
どの位たったのだろうか。二人は少しだけ、寝てしまい、チェンソーの音で目が覚めた。
その音を聞いた途端、心臓が跳ね上がり、恐怖がやってくる。
東の空が少し明るくなっているのに、再び闇が迫ってくる。チェンソーの音とともに聞こえる、ズルズルという何かを引きずる音。
二人の心には、もしかしてと嫌な光景が浮かんだ。

「さぁ、そろそろ鬼ごっこを終わりにしようか。出てこないと、この子がどうなっても知らないよ?」

ナックルの甘ったるい声。この子とは、きっとハノンの事だろう。
どうなって知らないよ? と言っていることから、ハノンはまだ生きていることがわかり、少しだけほっとした。
だが、ハノンが負けたことに変わりはない。気を失っているということは、怪我をしているに違いない。

「くそっ、一体どうすりゃいいんだ」

だが、そんなことがわかっても、ハノンを助けることも出来ないし、ここから逃げることもできない。
ソナはこのどうしようもない状況を見て、自分の無力さを呪った。
メリッサは、心臓の鼓動が落ち着いていくのを感じていた。刺されたグレネーズの姿が目に浮かぶ。
自分に、銃の扱い方を教えてくれて、育ててくれ人。

「私……」

メリッサは、もう震えてはいなかった。
そんなメリッサの様子に気付いたのか、引き止めるように、ぎゅっと手を握るソナ。

「ダメだよ、メリッサ。メリッサが行くなら俺が行く」

ソナの真剣な、どこかに恐怖を感じている目。メリッサは不思議と、もう怖くはなかった。
メリッサはソナを見つめ、首を横に振り、ソナの手を振り払う。

「ダメだ。ダメだよ、メリッサ!!」

ソナの引き止める声を聞かず、メリッサは岩場の影から飛び出していた。

「何だ。やっと出てきたの?」

ニヤリと笑うナックル。その腕には、血だらけで気を失っているハノンの足を掴んでいる。
骨でも折られたのか、利き腕は変な方向に曲がり、額から血を流している。剣は、何故か背中の鞘に収められていた。

「あぁ、この子? まだ生きているよ。ほら見てよ、この子、俺の腕、刺したんだよ?」

メリッサの視線に気付き答えるナックル。
ナックルは刺されてだらんとしている右腕をメリッサに見せた。他にも何箇所か怪我をしている。

「でも、君が出て来てくれたし、この子は後でいいや」

にっこりと笑いながら、ハノンを投げ捨てるナックル。メリッサは銃を構え、引き金を引いた。




目が覚めて見た光景は、あの時と同じ赤色だった。
体中のあちこちが痛くて、左腕は骨折でもしているのか変な方に曲がり、ズキズキする。
額から流れている血が目に入り、目が痛い。
何だか目も霞んでいる気がするが、ハノンは目の前で起こっていることを見た。
ナックルに負けた。時間稼ぎが目的だったから、死ななきゃいいと思っていた。その間に二人が逃げてくれればと。
だが、メリッサは両手のひらをナイフで刺され、木に張り付けられている。
ソナは地面に倒れ、何かを叫んでいる。ソナも足とか所々怪我をしている。
自分じゃ、どうすることも出来ない。ハノンはそう感じた。そう感じた瞬間、目の前に違う光景が広がった。
蘇る記憶。ここはあの日のあの場所。目の前で殺される両親。全ては自分達を守る為に。
両親は、寝られなくて部屋に訪れた自分達をクローゼットの中に隠し、クローゼットの前に立った。
自分達はクローゼットの隙間から両親が死ぬのを見た。あの時、自分は両親を見殺しにした。
弱くて、何も出来なくて。ハノンは痛む体を起こし、走り出していた。
傷が痛む。それでも、ハノンは走った。今の自分に出来るのは、助けを呼ぶ事。それ以外は何も出来ない。
今の自分ではナックルには勝てない。二人を救えない。あの時の二の舞になってしまう。
だから、一刻も早く助けを呼んで、戻ること。ふと、ずっと忘れていた父の言葉が頭をよぎった。
森の中を走っていると、一人の若い女に出会った。女は銃を持っている。

「あ、あの! 助けて下さい! お、俺の友達がっ……!」

ハノンは、見ず知らずの女性に必死で訴えかけた。銃で撃てば流石のナックルだって。
その隙に二人を助ける。アーツ国まで戻って助けを呼ぶ時間はない。

「大丈夫。私に任せて」

女性、ヒヨリはにっこりと笑い、ハノンとともにナックルの所へと向かった。




森の中ではソナが戦っていた。足を引きずり、戦っている。
どうやら、メリッサは気を失っているらしい。

「もう、君は鬱陶しいなぁ。そんなんじゃ、嫌われるよ?」
「い、って!?」

間一髪のところで、ナックルの剣を避ける。
だが、バランスを崩し、地面に倒れこむソナ。

「本当、いい加減にしてくれないかなぁ」

倒れたソナの、足の怪我した部分を踏みつけるナックル。
ソナは、あまりの痛さに声が出なかった。ぐりぐりと踏まれ、何だか気が遠くなる中、銃声の音を聞いた。
銃弾は、ナックルの体を貫いた。

「……え?」

急なことで驚いたのか、ナックルの動きは一瞬止まり、その隙にソナが逃げ、森を見る。
ナックルは、銃弾が貫いた所を触り、撃たれたところを確認する。
手にべったりと血がつき、その手を見る。目の前の森を見ると、そこには自身に銃口を向けたヒヨリの姿があった。
ナックルから笑みが消えた。

「ヒヨ……リ……?」

ヒヨリなナックルに銃口を向けたまま、ハノンにここから離れるように言った。
ハノンは急ぎ、メリッサとソナの所へ行く。

「ハノン、無事だったんだ……。良かった。それより、あの人は……」

ソナが自分の方に来たハノンを見て、安堵の声と同時に驚いた声を出した。

「俺が呼んできた。早いとこ、メリッサつれてずらかるぞ」
「あ、うん」

いまいち状況がわかっていないソナは、ハノンの真似をし、メリッサからナイフを引き抜ききつく止血をした。
ハノンはソナに、落ちていた太くて長い枝を渡し、折れてない方の腕でメリッサの首ねっこをつかみ、ずるずると引きずる。
ソナが渡された枝を杖代わりにし、足を庇いながら立ち上がり、慌ててメリッサの足を持った。
ハノンは最後にヒヨリを見て森をあとにした。ナックルの目に、逃げる三人は映っていなかった。

「ヒヨリ、裏切ったの?」

ナックルはヒヨリを真っ直ぐ見ていた。

「違う。もう、こんなことはやめよう? こんなこと、しちゃダメだよ」

 ヒヨリも真っ直ぐナックルを見る。いつでも銃を撃てるようにその手は引き金に指をかけていた。

「どうして? 俺はヒヨリの為にやってたんだよ? 世界は汚いから、 ヒヨリが安全で綺麗に生きていけるように、掃除してあげていたんだよ? なのに、ヒヨリは……。 許さない、俺を裏切るなんて許さない!!!」

もはや、ヒヨリの目ではナックルの動きを追うことはできなかった。
消えたと思ったら、ナイフを持ったナックルが目の前に立っていた。

「許さないよ、ヒヨリ」
「………っ!!!?」

声にならない痛みだった。ナックルは手に持っていたナイフでヒヨリの腹を裂いた。
ナックルはさらに、ナイフを進めついには下腹部まで裂いた。

「ナッ……クル。だ、大好きだよっ……」

ヒヨリは血を吐きながら、微笑んだ。
だが、その言葉も微笑みも、ナックルの耳には届かず、ヒヨリは気を失った。
ナックルは、裂いたヒヨリの下腹部の中を見ていた。
そこには、今まで切り裂いてきた人たちの中では見たことがなかったものがあった。それは、人の形をしていた。

「おぎゃあ、おぎゃあ、おぎゃあ」

それは、初めて外の空気に触れて泣いていた。
ナックルはそれをそっと取り出し、ヒヨリの隣に置いた。それは、……女の子の赤ん坊。未熟児だ。
ナックルの頭の中で何かが起こった。血だらけの手を、ヒヨリを見た。
頭の中が真っ白になった。頭の中で何かが消えていった。

「うわぁあああぁああぁあああ!!!!」

ナックルは泣き声に近い叫び声をあげ、血の涙を流していた。

「ひ、ヒヨリ!!? ヒヨリ!! 何で? どうして!? だ、 誰がこんなことを……? ひ、ヒヨリ、嫌だよ。ヒヨリ!!!!」

ナックルは必死で止血をした。ナックルはあまりのショックで一部の記憶を失った。
日記に書いてあったもう一人の自分が出てきた頃からの記憶を全て失った。
ナックルの叫び声は森の中に木霊した。皮肉にも、朝がやってきた。
ナックルの叫び声を聞いた男がいた。茶色の馬をつれた男だ。

「何かあったのか?」

男はマントを着た旅人風な姿をしており、帽子を深くかぶっていたため顔はよく見えなかったが、ギターのようなものを持っていた。
男は、叫び声の方に向かった。

「な、何だこれは?」

男はその場に凍りついた。血のあとが残っている現場。
一人の若い男が泣きながら横たわる若い女を止血している。その女の隣では未熟児の赤ん坊が泣いていた。

「それじゃあ、ダメだ」

男はマントを脱ぎ、若い女の体をきつく巻いた。
手で止血していた男の手は少女の血で真っ赤に染まっていた。
止血している男にも、怪我でもしているのかあちこちに血がついている。
男は馬に無理やり三人を乗せ、急いで病院へと運んだ。
未熟児の赤ん坊はすぐに保育器に入れられ、若い女は手術室に運ばれた。
若い男の怪我は対したことはなかった。赤ん坊と、若い女はなんとか一命をとりとめたが、若い女は目覚めなかった。



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