王の祈り
急に電話が繋がらなくなった。何度もかけても電話が繋がらない。
依頼した件はどうなったか聞こうと思っていたロデルは、再び電話をかけた。
「まただ」
コールはするものの、一向に相手と繋がらない。
もう何度も電話をかけているのに、依頼をしてから数ヶ月がたった。
ロデルはこのことを伝えるべく、ロアの部屋へと急ぐ。ノックを三回し、返事を聞かずにドアを開け放つ。
「先輩、相変わらずハイエナと連絡がつきません。もう、数ヶ月っすよ!? 変じゃないっすか!?」
ロデルは剣の手入れをしているロアに、そう言い放った。
ロアは表情を変えずにロデルを見た。
「これじゃあ、グレネーズやシスターがどうなったかわからないっすね。
武器は手に入ったからいいんですけど。まさか、あのハイエナに鍵って返り討ちなんてことは……」
「返り討ち?」
ロアの眉がピクっと動き、剣を手入れする手が止まる。
「お前、実際にグレネーズとシスターを見たんだろ? グレネーズにそんな力はない。シスターが強い奴だったのか?」
「いや、シスターは弱いっす。ちょっと気になるのが一緒に居た二人の子供っすね。
一人はソナタの団員だと思います。刺青が見えたんで」
ロデルは教会であったことを思い出し、一部始終をロアに話した。
何故直ぐに話さなかったのかと小言を言われた。
ロアは、その話を聞いて意味深に笑った。
「どうしたんですか、先輩?」
ロデルは不思議そうに首をかしげる。だが、ロアは何も答えなかった。
「そういえば、先輩。あのフィリップって奴、探さなくていいんですか? 医者でしょ?」
ふと、ロデルが思いついたようにそう口にした。
アシェル王国で仕えていた者達は、今や殆どが死んだか、恐怖によってロアたちにこき使われている。
王に近い人ほど、広場で張り付けにされ、見せしめのように殺された。城に残っていた王族は、全員そのようにして殺された。
その中で、フィリップとクリストファーがまだ見つかっていない。
ロアは再び剣の手入れを始めた。
「あいつは天才だ。見つかるわけがない。実際、何人かが城にもぐりこんで来たが逃げられたじゃないか。
あいつの頭脳は欲しいが、どんな取引をしてもこっちには来ないだろうな。この間潜んでいた奴を捕まえたが、口を割らなかった」
ロアは初めから探す気などなかった。探しても見つかりっこないことを知っていた。
むこうから出てこない限り、フィリップは捕まえられない。
「ロデル、お前ウィン皇国の方はどうなっているんだ?」
ロアはロデルを見ずに問うた。
「嫌だな、先輩。ちゃんとやってますって。もうすぐこっちの物ですよ」
ロデルは楽しそうに笑った。ウィン皇国は北にある世界で最も多い信者を持つ宗教の総本山だ。
雪の降る夜、良い子にしていた子供の前には天使が舞い降りるという言い伝えがある。
ロデルは、そこで生まれた。名も無く、餓死寸前だったところをロアに救われた。ロアも、また名がない。
アシェル王国で娼婦の子として生まれ、生まれて直ぐにゴミ箱に捨てられた。
ゴミ箱の中で必死に生きようとしている所をファントムレイブのボスに拾われた。
ドアをノックする音がした。ロアは何も言わなかったが、一人の男が入ってきた。
「ロア、ボスが呼んでます」
男は、ただ一言だけ言い、部屋を去った。
ファントムレイブはアシェル王国を滅ぼしてから、アシェル王国を本拠地にした。
ロアは、剣を腰の鞘に収め、部屋を出る。ロデルもついて来た。
「先輩、やっぱりフィリップを探した方が。うちの医者じゃどうにも出来ませんよ」
ロデルはロアの横に、心配そうな顔で言う。
「探すだけ無駄だと言っただろ。俺達には絶対見つけられない」
ロアはさっきと同じ調子で言った。ロデルはやれやれと溜息をつく。
「じゃあ、もし見つけたら捕まえておきますね。俺は仕事に戻ります」
ロデルはそう言って、去って行った。ロアは、急ぎ医務室に向かった。
ファントムレイブの歴史は浅い。現在のボスであるソルがまだ十代の時に作り出した組織である。
それから、何人もの人が集まり、巨大な組織となった。
ロアは、拾われた赤子の時からファントムレイブの一員として育ったため、外の世界を知らない。
「ボス、お呼びですか」
医務室に入ると、ベッドで寝ている黒髪の男と、そのベッドの脇のイスに座っている黒髪の女と目が合った。
男は上半身を起こしていたが、痩せていて実際の歳より老けて見える。
ロアはその姿を見て、心配そうな顔をした。
「ソル、ちゃんと寝てないとダメじゃないですか。ミハイルからも何か言って下さい」
女にロアはそう言うが、ミハイルと呼ばれた女は笑うだけであった。
「兄さんは嬉しいのよ。もうすぐ夢が叶うから」
柔らかく笑うミハイル。ロアはそれを見て深い溜息をついた。
もうすぐソルの夢が叶う。この世から独裁者が居なくなると思うと、胸が躍るが、ソルのこれからを考えるとロアは不安になった。
ふいに、あの時の、脳裏に張り付いたハノンの目が頭を過ぎった。
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