王の祈り


暫くの間、体のあちこちが痛かった。
何もする気が起きなかったが、メリッサが一言メリザ地方に行きたいと呟いた。
三人は、メリザ地方の場所を再び地図で確認した。 メリザ地方に行ってもブローレンス国を抜ければ、アシェル王国に行くのにそれほど時間がかからないのがわかった。 どちらにせよ、アシェル王国に行くにはブローレンス国を抜けなければならないのだ。 ルクソ共和国から、海を渡ってアシェル王国まで行くという手もあったが、舟が調達できるかわからないためやめた。

「はい、これで代金は全部だね。お疲れ様。お大事にね」

三人は、入院費、治療費全て払い終え、再び旅立った。

「裏病院って、高いのね。持っていたお金、殆どなくなっちゃった」

カラッポの財布を見て、メリッサが呟く。ソナがバンク国の大食い大会での賞金も殆どなくなってしまった。

「ねぇ、ハノン。本当にいいの? メリザ地方に行って。私一人で行ってもいいのよ?」

メリッサは地図を見ているハノンに問うた。メリッサが急にメリザ地方に行くと言った理由は大体検討がついていた。 本当に、自分が捨てられたのかどうかを知りに行く為だ。
ハノンは、地図から目を離し、メリッサを見る。

「メリザ地方には俺も行くよ。ファントムレイブのことが何かわかるかもしれないし」

ハノンは再び地図に目を落とす。一歩後ろを歩いていたソナが、嬉しそうに二人を見ていた。
明らかに、メリッサが加わった時とは空気も雰囲気も変っていた。 あの事件がきっかけで、メリッサはハノンに突っかからなくなり、随分と仲良しになった。

メリザ地方があるルクソ共和国まではそこまで遠くなかった。 途中、ルクソ共和国に行くと行っていた馬車に無料で乗せてもらったことも大きいだろう。
メリザ地方はここから少しある。

「何か、畑ばっかりだね」

目の前に広がる広大な畑を見て、ソナが呟いた。見渡す限り畑だらけ。何も目印がなく、迷ってしまいそう。
メリッサは、畑をじっと見つめていた。

先に進むと、一人の帽子を被った旅人風の男が切り株の上に座り、ギターを弾いて歌っていた。
帽子を深く被っていて、顔はわからないが、ハノンはその男をどこかで見たことがあるような気がした。

「あの人にちょっと聞いてみようか?」

ソナが、こそっと二人に耳打ちした。
メリッサはうーんと唸ったが、ハノンは何も言わず、男が歌う歌に聴き入っていた。

「ある日、悪逆非道な王のもと、酷い国で出会った男と女。ある日芽生えた小さな想い。 だが、二人は身分違い。女は死に、男は国を去って行きました。 あぁ、その男は今どこに。女との忘れ形見を連れて、どこへ行く。国は良い国になったけど、 昔のことが原因で、滅んでしまいましたとさ」

男の歌う歌は、何だかどこかで誰かが言っていたような歌だった。
男は、三人に気付いているのか、気付いていないのか、歌い続けている。

「あ、あの……」

ハノンはいつの間にか男に近寄り、声をかけていた。
男の歌が止んだ。男はチロリとハノンを見た。

「何だい?」

誰かに似ている声。ハノンはそう思った。聞きたいことはあった。でも、何から聞いていいのかわからなかった。
男はそんなハノンを見て、ふっと笑みを零した。

「君は、アシェル王国のハノンだね。何が知りたい? それと、君の大切な物を預かっているよ」

男が朗らかにそう言った瞬間、ハノンの体がピクっと震えた。ソナとメリッサは警戒するように、武器を握った。
それでも、男は朗らかに笑っていた。

「俺の名はレン。本名はグレン・ジュニア。父さんから聞いたことない? 俺のこと。君の父さんと俺は異父兄弟に当たる」

男はそう言って、深く被っていた帽子をとった。帽子で隠れていた髪と目は、ハノンと同じ藍色であった。
何となく、父コーダや、師グレンに似ている気がする。ハノンは胸が熱くなった。
グレンから子供がいるという話は聞いたことがないが、旅先でギターを持った男がいたら頼れと言われたことを思い出した。
もし、本当にこの人が子供なら、グレンが前に曖昧に、「やらかしたから。俺のせいでもある」と話していたことに説明がつく。
ハノンがレンと名乗った男に近寄ろうとすると、ソナがそれを制した。ソナは厳しい顔をしている。

「俺、おっちゃんに子供がいるなんて聞いたことないけど。あんたはハノンの味方なのか? それとも、味方のふりをしているのか?」

ソナは、レンを睨みつけた。ナックルのことがあったから、警戒しているのだろう。
レンは、どこか寂しげに頭を掻いた。

「俺は味方だよ。そんなに警戒するなよ。それより、ハノンは何が知りたい? 俺は何でも知っているよ。交友関係は広いからね」

帽子を被りなおすレン。ハノンはこの男と話がしたかった。
何でこの男の存在を今まで知らなかったのか。この男に聞けば全てわかる。

「どうして、俺はあなたのことを知らなかったのですか?」

ハノンはソナの制しを振りほどき、レンに近づく。
この男、勘だがハノンには嘘を言っているようには見えなかった。

「いい質問だね。それは俺が隠されていたから。 俺は、グレンの子ではあるが、カノンの子ではない。俺は、カノンの子としては認められないんだ。 城でだって過ごしていないから、兄さんとも殆ど会ったことはない。もしかしたら、兄さんは弟がいたことを知らないかも」
「だったら、どうしてあなたみたいな人が……」

あっけらかんと答えるレンに、メリッサが問うた。メリッサは複雑そうな顔をしている。レンは、寂しそうに笑った。

「何故俺みたいなのが生まれたか。そんなの簡単だよ。 一国の女王と庭師が愛し合っていたのさ。でも、それはいけないことだった。 王は、気に入らなかった。それで、女王は見ず知らずの男と結婚し、兄さんを産んだ。 母は、その男によって酷い目にあったそうだよ。それで、父は母を連れて逃げようとした。 だけどね、母は国を選んだ。国を選び、一日だけ父と共に過ごした。 後は言わなくてもわかるだろ? 俺は生まれてきてはいけない存在であり、母には弱みが出来た。 生まれて直ぐに父に引き取られたとさ。さて、後は何が知りたい?」

レンはそう笑う。寂しそうに、悲しそうに。三人は顔を見合わせ、レンを見た。

「あんた、本当に何でも知っているの? アシェル王国や、ファントムレイブ、メリザ地方のことも?」

ソナは、まだ完全に警戒をといたわけではなかった。
レンもそれはわかっていたし、ソナがそう簡単に警戒をとくとは思わなかった。

「知っているよ。そうだなぁ、ここで話すのもあれだから。 ほら、あそこに見えるだろ? あそこの水車小屋に移動しよう。あの小屋にハノンの大事な物があるよ」

レンは川の向こうにある水車小屋を指差した。
古そうに見えるが、どこも壊れていない水車小屋。水車もクルクルと回っている。
三人は、顔を見合わせ無言の打ち合わせをし、コクンと頷いた。



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