王の祈り


四人は水車小屋に移動した。水車小屋の隣には茶色の馬がのん気に草を食べている。
ハノンは、大事な物というのが気になってしょうがなかった。王の剣はしっかりと持っているし、両親は死んだ。国はまだ取り戻していない。 他に大切な物といったら……一体、何なのだろうか。

「ハノン! ハノン!!」

水車小屋のドアをレンが開けると、中から何かが飛び出してきて、ハノンに抱きついた。急なことで、皆が皆びっくりした。
だが、ハノンとソナはその飛び出してきた人物をよく知っていた。

「あれ!? お前、ルイじゃないか!? どうして、こんな所に? おっちゃんの所にいるんじゃなかったのか?」

ソナは、その人物を見て驚きの声を上げた。
背は伸び、声も低くなり、逞しくなったが、まだ別れた時の面影が残っている。ハノンと同じように、背中に剣を背負っている。

「ソナっ!? お前、ソナか! 久しぶりー! ハノンったら酷いんだぜ? 僕だって一緒に行きたかったのに」

ルイは、ハノンから離れソナにハグをした。
あの日、確かにグレンの所に置いてきた弟。決して自分のようにはなって欲しくないと願いながら置いてきた弟。そんな弟が、今ハノンの目の前にいる。

「何で、来たんだ」

ハノンの声は、決して再会を喜ぶ声ではなかった。むしろ、どこか怒っていた。ルイは、そんなハノンを見た。

「何でって。置いていったのはそっちだろ!? 僕だって父様達の仇を討ちたいんだ。強くなったよ、たくさん修行もした。一人で海も渡った。 場所は間違えたけど、こうして姉さんとも会えた。お願いだよ、今度は連れて行ってくれよ」

ルイは怒っているハノンに懇願する。その目から、真剣さは伝わってくるができれば一緒に行きたくなかった。
何が起こるかもわからない、いっその事このレンとい男にルイを任せてしまおうかとも思った。
父の言葉を思い出す前から、ルイには平和にグレンの元で暮らして欲しいと思っていた。そう思って置いてきた。この戦いに参加して欲しくないから。

「わかっているよ。姉さんの言いたいことはわかってる。何で置いていったかもわかってる。 でも、連れて行ってくれよ。お願いだよ。全部終わったらおじちゃんの所に戻ってもいい、町で静かに暮らしてもいい。 僕は王族なんてどうでもいいんだ。父様達の仇が討ちたい、姉さんの手伝いがしたいんだ。姉さんの邪魔はしない。言う事も聞く。お願いだよ、連れて行ってくれよ」

ルイは、両手を顔の前で合わせ頼み込む。だが、ハノンは何も言わない。ただ黙ってルイを見ている。

「取り敢えずさ、ルイのことは置いておいて。レンさんから話を聞こうよ。色々聞きたいことがあるんだしさ」

ソナが話しを変えた。

「そもそもその子、誰なのよ。私、知らないんだけど」

メリッサが少しふてくされ気味にルイを見た。メリッサはグレンもルイも知らない。
話の流れからなんとなくわかったが、あくまでなんとなくで、完全にわかったわけではない。

「そうか。メリッサは知らないもんね。ルイはハノンの弟だよ。三つ違いかな? そんなことより、さっきの問いの答えを教えてよ」

ソナは、メリッサにルイを簡単に紹介し、水車小屋に来る前の話に戻した。そもそも水車小屋には、その話をしにきたのだ。
ハノンはルイを見て、何か考え込んでいたが、レンを見た。

「そうだね。話を戻そう」

レンはにっこり笑い、一つ深呼吸をし、話し始めた。

「ファントムレイブとは、ある目的によって作られた組織だ。組織の人間は、名前がなく、この世に存在しない人間が多い。 生まれて直ぐに捨てられた赤ん坊、ストリートチルドレン、親に見離された子供。そんな人物が殆どだ。 つまり、国の犠牲者であり、表世界に恨みを持つもの達の集まりとも言える。親に、国に、世界に見捨てられた人間達、自ら親や国、世界を捨てた人間達の集まりだ。 国を滅ぼすときは、何人か先に城に潜入させる。城の内部を知るために。心あたりはないか?」

レンはハノンとルイを見た。ハノンもルイも城で暮らした日々を思い出そうとしていた。
だが、ルイはまだ小さかったし、ハノンにとっても随分前のことだ。だいぶ、記憶が霞んでしまっている。
ルイは、まったく思い出せないのか首を傾げた。だが、なんとなくハノンには心当たりがあった。
教会で見たオレンジ色の髪をした男。あの男は、城で兵士として働いていた気がする。海へ逃げる前、フィリップを追ってきた男。 遠めで顔はよくわからなかったが、こげ茶色の髪をしていた。もしかしたら、気付いていて気付かないふりをしていたのかもしれない。

「心当たりがあるみたいだね」

レンの言葉にハノンはゆっくりと頷く。レンはさらに続けた。

「あいつらは、何年も味方だとなりすまし、事を起こす。どこでもやり方は殆ど一緒だ。まず、中から壊して行くのさ」

そんなの信じたくない。ハノンはレンの話を聞き、葛藤していた。信じたくなかった。
あの時は無我夢中でわからなかった。でも、今考えると体格も、髪の色も、あの人に違いない。
自分と一緒に遊び、勉強をみてくれ、自身も懐いて、彼が好きだった。

「でもさ、どうしてアシェル王国とかが選ばれたの? メリザ地方もそうだけど、ルクソ共和国やバンク国、 アーツ国みたいに滅ぼされてない国もあるよ? サンドリア国だってそうだ」

レンは、ソナを見た。

「それは、今君が上げた国には民主主義だったり、王族がいないからだよ。いても、王族は政治には関わらない。 ファントムレイブによって選ばれた国は、独裁者がいた国。独裁者によって、国民が苦しんでいる国。アシェル王国は酷い国だった。 メリザ地方は、特産であるレモンバームの栽培に手段を選ばなかった。過労死した人もいたそうだよ。最近では、ブローレンス国、ウィン皇国もそうだ。 この4国の共通点は、独裁者が全て支配していたこと。国も、政治も、国民も。逆らえば、死という感じだ。ファントムレイブの国選びには、 私情が入っている時もあると思うけどね。だってそうだろ? アシェル王国は酷い国だったが、良い国になった。 それでも、滅ぼされたのは私情が入っていたからだと思うんだ。正直、メリザ地方についてはよくわからないけど、 メリザ地方に行けば詳しい人がいるよ。あぁ、でもここまで言えばわかるだろ? ファントムレイブの目的。それは、独裁者を無くすこと」

黙って、レンの話を聞いていた。アシェル王国がどんなんだったかがグレンから聞いている。
ハノンの心と頭の中で、何かが蠢く。どうして、ファントムレイブはそんなことをしてしまったのだろうかと。国を滅ぼし、人を殺さなければいけないことだったのかと。
その考えが浮かんだ時、思わずはっとした。もしや、自分も同じことをしようとしているのではないかと。
国を取り戻すまではいい。だが、その後復讐して何になる? 相手からまた同じことをやられるのではないのか? 
そもそも、両親は復讐なんて望んでいない。ハノンは、そのことにやっと気付いた。

「……父が、いつも赦す強さを持てと言っていました。俺はやっとその意味がわかった気がします」

憎しみや悲しみの連鎖はどこかで断ち切らなければいけない。赦す強さというのは、その連鎖を止めるということ。父は、ずっとそのことを訴えかけていた。
国に戻って、自分がすべきことは、復讐ではない。親の仇をうつことではない。ハノンは、心に巣くっていた憎しみが消え去るのを感じた。あの時の、光が目に戻った。

「いい顔になったな、ハノン」

レンはそんなハノンを見て、誇らしげににっこりと笑う。

「何か、ハノン。すっきりしたみたいだね。良かった」

ずっと一緒にいたソナが、ハノンが変った事に気付く。ハノンは、初めて笑顔をみせた。
ずっと忘れていた笑顔。暗かった世界に、光が戻った。

「俺はアシェル王国に行く。ルイも一緒に来い」
「え!? いいの!?」

ハノンの言葉を聞き、ルイはぱぁあと笑顔になった。人が死ぬ世の中なんてこりごりだ。それはきっとルイも同じ。
それに、ルイはきっと何があっても自分のようにはならないと、今のルイを見て思い、ハノンはルイの気持ちを汲んだ。

「本当に本当!?」
「本当だよ、しつこいな」

目をキラキラさせて問うルイ。ハノンはそんなルイにめんどくさそうに答えた。

「……私は、メリザ地方に行くわ。何があったのかちゃんと知りたい」

メリッサがそう呟いた。

「私、一人でも行くわ」

メリッサはハノンを見た。ここに来たのも自分の我侭だ。ハノンとソナはそれについて来てくれた。
ソナは、メリッサとハノンを交互に見て、俯いた。

「お、俺は……メリッサについて行くよ。一人じゃ危ないだろうしさ」

おずおずと答えを出したソナ。ソナはチロリとハノンを見た。

「ごめんな、ハノン。俺……」
「大丈夫だよ。一段落したらアシェル王国に遊びにきてよ。それか、サンドリア国でまた会おう」

申し訳なさそうなソナに、笑顔で返すハノン。そんな二人の様子を見て、ムッとした表情になるメリッサ。レンは、微笑ましそうに笑った。
共に旅をしてきた三人は、ここで二手に分かれた。ハノンとルイはアシェル王国へ、ソナとメリッサはメリザ地方へ。
自分達で、自分の道を決め、歩き始めた。



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