王の祈り


ハノンとルイは何日も歩き、ブローレンス国を抜け、アシェル王国に入った。ついに、戻ってきた故郷。
アシェル王国に入ってから慎重に、休みながら進んだ。いつ戦いになるかもわからない。そのためには、つねに万全な状態でいなければならないのだ。

「何か、変っちゃったね」

ルイがすっかり荒れ果て、スラムのようになった故郷を見て、呟いた。
緑豊かであったアシェル王国が今や廃墟のようである。昔見ていたアシェル王国とはまったく違う。
国を出て、六年くらいしかたっていないのに、こうも変ってしまうのか。ハノンはショックを受けた。
正直、ファントムレイブがきちんと国を治め、国民達も満足しているのなら、国を返して貰わなくてもいいかなと、心のどこかで思っていた。 だが、奴らは滅ぼしただけで、何もやっていない。ハノンは怒りに震えた。

「きっと、王都はもっと酷いことになっている気がするよ。急ごう。それに、皆姉さんのことを待っているよ」

ルイが心配そうにハノンを見やる。ハノンはコクンと頷いた。


王都に行くまでに泣いている小さな子供を見た。道端に座っている老人を見た。死肉を食っている犬を見た。皆、目が空ろで、痩せ細ってはいたが、お腹が出ていた。
声をかけたが、耳が悪いのか、それとも聞こえないのか、その者達はハノン達に気付かなかった。そんな状況に、ルイは思わず涙を流した。


再び何日も歩き、王都へと向かう。アシェル王国は大国だ。どこかで馬でも調達すればよかったとハノンは後悔した。
だが、王都にたどり着いた時、そんなのん気な考えは頭から消えた。王都は、思わず目を覆いたくなるようだった。
壊れたままの建物。焼け焦げた家。道にはゴミが落ちていて、何だか臭い臭いもする。目に映る色も灰色しかない。 一体何があって、こうなってしまったのか。なぜ、ここまで放置しているのか。
ハノンはその現状をしっかりと目に焼き付けた。ルイはそんな故郷を見るのが辛いのか、目を逸らした。
ふと、人の声が聞こえた。どこからか聞こえてくる声。ルイもその声に気付き、二人はあたりをキョロキョロと見渡し、耳を澄ませた。
誰かのすすり泣く声。ボロボロの今にも壊れそうな家が立ち並ぶ所から聞こえる。その中の一軒から、人の気配がした。

「あの家だね! 行ってみよう!」
「おい、ルイ!」

ハノンの制止の声も聞かずに、ルイはその家に向かって走り出した。
ハノンも仕方なく、ルイの後を追う。もし、あの家にいるのが敵だったらどうするんだと思いながら。

「ひぃ、おたすけ……」

ドアは壊れて、ドア自体がない。二人が中に入ると、家の中にはすすり泣く老婆と剣を持った少年がいた。
少年は老婆を慰めていたのか、背中に手をあてている。老婆は、二人を見て、小さな悲鳴をあげた。

「お前達、何者だ?」

二人を見て、怯える老婆とうってかわり、老婆を守るようにして前に出た少年。少年は剣を構え、臨戦態勢に入る。
二人を睨みつける少年。ハノンは、何だかこの少年をどこかで見た気がしたが、どこでだったか思い出せなかった。

「ひぃ、お助け……」

少年にしがみ付く老婆。誰だって死にたくは無い。
悪人も、善人も。子供も、大人も。この老婆も同じである。

「……ごめん、ごめんなさい」

国を守れなくて、皆を守れなくて。ハノンは目の前にいる老婆と少年に頭を下げた。
もし、自分に力があったのならこんなことにはならなかった。涙が零れ落ちそうになる。だけど、約束を守らなきゃいけない。
少年は、そんなハノンの様子に驚いていたが、ハノンは頭をあげ、真っ直ぐな目で、少年を見た。老婆はすすり泣くのをやめた。

「絶対国は取り戻す。もう、誰にも悲しい思いはさせない」

思いをこめて、誓う。目の前にいる少年に。少年は、うろたえてきた。目の前の二人が敵か味方かわからずに。
うろたえ、しがみ付いていた老婆を引き離し、外に出る。キョロキョロとあたりを見渡し、何かを見つけたのか急に走り出した。

「どうしたんだろう?」

少年の不思議な行動に、ルイが首をかしげる。
ハノンも少年のやっていることの意図がわからず、外に出て少年を探した。
少年は、少し遠くのほうで誰かと話していた。白衣を着て、色素の薄い髪の男。少年と、男は何かを話し、走って戻ってきた。男が近づけば近づくほどわかる。
あれは、彼だと。

「フィリップ!!」

ハノンは、走り出した。走り出し、フィリップに抱きついた。
あの時、銃で撃たれ、自分を海へと逃がしてくれた人。兄のように慕っていた人。そんな男が、無事で目の前にいる。

「ハノン様。やはり、ハノン様なのですね。おかえりなさい」

フィリップは、抱きついてきたハノンを抱きしめ、にっこりと笑った。
ハノンは恥ずかしそうに、フィリップから離れた。

「え? フィリップ?」

声が聞こえたのか、ルイも家から出てきた。

「ルイ様も、おかえりなさい。逞しくなられましたね」

懐かしい声。懐かしい笑顔。ふいに、ルイの目から涙が溢れる。大粒の涙が止まらない。
ルイも、ハノンと同じようにフィリップに抱きついた。抱きつき、押し殺したような声で泣くルイ。フィリップは、そんなルイの頭を撫でた。

「え? ハノン様に、ルイ様? 本物、なんですか……?」

再会を喜ぶ中、一人少年ウィルだけが混乱していた。
二人が海に逃げたことは知っているが、肝心な二人をあまり見たことがなかったのだ。

「そうだよ、ウィル。本物のハノン様とルイ様だ。俺にはちゃんとわかる。お前の話を聞いた時点で、もうわかっていたけどな。 ハノン様とルイ様は、ウィルのことをご存知ですか? 父親が一般兵として、城で働いていたので、たまに城にも来ていたみたいですが」

フィリップは、ハノンに向き合う。ルイは涙を拭い、フィリップから離れた。

「あ、そうか。わかった。確か、妹がいるって子だ。名前は知らなかったけど、ウィルって言うんだ」

やっと、どこで見たのか思い出した。たまに、父親と庭を歩いているのを見たのだ。
そんな日常を壊したのがファントムレイブ。

「そんなことより、アシェル王国はどうなっちゃったの? すっかり荒れ果てて、まるで廃墟じゃないか」

一体何が、あれから何が起こったのかハノンは気になっていた。どうして、アシェル王国がこんなになってしまったのかも。
フィリップは、ハノンを真っ直ぐみた。その目には、怒りが現れていた。

「全部、奴らのせいです。ハノン様達が、海に逃げた後、街は焼かれました。奴ら、逆らう奴はどんどん殺して行くんです。 食べ物も、民で奪い合う始末。この国は死体の山ですよ。何とか国を取り戻そうとはしたんですが、 俺達ではどうにもならなくて……。ハノン様は覚えていますか? あの時、俺を撃った男を。ハノン様は見ているはずです」

フィリップから、その男に憎しみが向けられているのをハノンは感じた。
あの時見た、こげ茶色の髪の男。それが誰だか知っている。だが、どうしても彼を恨むことが出来なかった。
それは、父の言葉を思い出したからなのかわからないが。ルイは、ハノンとフィリップのやり取りを訳がわからなさそうにして見ていた。

「うん、ちゃんと誰だかわかっているよ。そうか。フィリップ達は国を守ろうとしてくれたんだね。でも、後は俺に任せて。絶対、取り返してみせるから」

ハノンは力強い目で、二人を見る。あの時、ロアが忘れられなくなった目で。
国を取り戻すために、厳しい修行にも耐えた。国を取り戻すためなら、何だってやる。

「わかりました。ウィル、お供しろ。俺はクリストファー様や、他の仲間に事情を話してから行く。ハノン様、ルイ様。相手は強敵です。お気をつけて下さい」

フィリップは、ハノンとルイに跪き、頭を下げた。城にいた時に、よく見た行為。
今の自分がその行為をやられるのに相応しい人物かどうかわからないが、ハノンは力強く頷き、二人はウィルの道案内のもと、懐かしの我が家を目指した。



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