黒い翼の天使


今日は曇りだった。
弱い風も吹いていた。
僕は今、天界にいる。
天界とは天使や神様が住むところ。
僕は今そこにいるんだ。
僕はその天界で1人の男の子と出遭った。
背は僕より少し高く、褐色の肌で髪は白。
そう、その子の翼は真っ黒だったんだ。
今回書くのはその子のこと。
僕とその子は出遭うべきして、出遭ったのかもしれない。


「ねぇ、ノーティ。どうして貴方の翼は私たちみたいに白くないの?」
「なぁ、ノーティの翼ってどうして黒いんだ?」

その子はいつもそう言われていた。
白い翼の中に1人だけ黒がいる。
それは凄く目立つことだよね?

「知らね。細胞とかでもおかしいんじゃねぇの?」

その子はいつもそうやって返してたと教えてくれた。
もちろん、その子もその子の親もなぜ、その子の翼が黒いかはわからないんだ。
不思議なことで済まされればいいんだけど、ここは天界。
黒は堕天使だとか、悪魔だっていうイメージが強いんだって。




僕がその子と出遭ったとき、その子は1人でいた。
1人で森の中を歩いていた。

「ねぇ! ちょっと聞きたいんだけど、ここって天界だよね?」

僕はその子にそう話しかけた。
その子は僕がいつからいたのか、どこから来たのか問い詰めようと思ったらしい。
急に現れたから。
まぁ、これは後から聞いた話なんだけどね。

「……そうだけど、あんた誰?」

その子は奇妙そうな顔で僕のことを見ていた。
でも、僕はにこにこと笑うだけ。

「僕はセト。世界の果てを目指して旅をしてるんだ。君は?」

その子は僕の名前なんか知りたいんじゃなかったかもしれない。
それに、その子は僕みたいに奇妙な奴に名前を聞かれたくなかったかもしれない。
それでも、僕はにこにこ笑うだけ。

「……ノーティ……」

その子はボソッとそう言った。
そして、すぐさま逃げるように歩き出した。

「翼が……黒いんだね。黒い天使だ」

僕はノーティの背にむかって相変わらずにこにこしながら、言った。
ノーティの歩む足が止まった。

「……俺だって、好きでこんな翼になったんじゃない。俺は本当は天使じゃなくて、悪魔に生まれたかったんだ」

ノーティは振り返り、僕を見た。
その時のノーティの表情は凄く寂しそうで、まるで……コーヒーとミルクが渦をまいているようだった。

「いいじゃん、黒。黒い天使なんて珍しくてカッコいいよ!」

僕は相変わらずにこにこ笑いながら、言った。
その相変わらずの僕に、ノーティは少し驚いたようだった。

「カッコいい? 確かに珍しいけど……この黒がカッコいい? バカ言ってんじゃねぇよ、ここは天界だぞ?」
「天界でも関係ないよ。根拠はないけど、黒い方がクールで正義の味方っぽい」

確かに根拠はないけどね。

「根拠なしかよ」

僕は相変わらず、笑ってる。
だけどノーティは呆れてる。
そして、呆れてノーティはどこかへ行ってしまった。


この日から、一週間僕とノーティはいろいろな話をした。
ノーティはイタズラ好きで、凄いイタズラを考えているだとか、やっぱ悪魔になりたいって小さくもらすときもあった。
そして、必ず僕が余計なことを言うと、ノーティはどこかへ行っちゃうんだ。
でも、楽しかったよ。
ノーティは砂糖菓子のように繊細で愉快だったし。
でも、僕がこの天界に留まる最後の日、ノーティはやらかしてしまったんだ。

「セト! セト!!」

僕はいつものように、あの森の中を歩いていた。
ノーティと初めて遭った森だ。
そこで、約束もしてないのに、毎日のようにノーティに遭ったんだ。

「どうしたの? ノーティ?」

僕はいつも通り聞いた。
何だか今のノーティは歌舞伎揚げみたいだなぁ。

「ついにやったんだよ! この間話しただろ? 凄いイタズラのことさ!」

ノーティは、はしゃいでいた。
僕は相変わらずだったけど、何のことだかさっぱりだ。

「もう、皆すげー慌ててんの! そのうち神とか出てくるレベルになるぜ!」
「だから何をやったっていうのさー?」

僕は少しだけノーティのしたことが気になった。
きっと飴細工よりは小さなイタズラだよね?

「決まってんじゃん! 学校爆破した。ここからじゃ見えないけど、森を出てみなよ。すげー騒ぎになってる。学校もいまだに燃えてるんだぜ? でも、全壊じゃなくて半壊だったのがショックー。だから学校が燃えてるんだけどさ」

その言葉を聞いて、僕はノーティを連れいそいで森の中から出た。


  ノーティのいう通り凄い騒ぎだ。
小さな女の子天使がわんわん泣いている姿が見えた。
必死で火を消そうとする天使たちの姿も見えた。
僕はノーティが何か言うのを待っていた。
すると、燃え盛る学校から数人の天使たちが出てきた。
ノーティのイタズラに巻き込まれた天使たちだ。
今日は日曜日。
いわゆる安息日って奴だ。
そこで、ノーティは学校には誰も来ないだろうと思ってこの日を選んだんだろう。
でも、中に人がいた。
数人の生徒と先生が学校に来ていたんだ。
巻き込まれた人たちは、どうにか生きてはいるが、皆どこかしらに怪我をしていた。

「……俺は何てことをしたんだ……」

ノーティが巻き込まれた天使たちの姿を見て、反射的に口を手のひらで覆った。
このときのノーティの顔は、苦いコーヒーを飲んだあとのような苦悩の表情をしていた。

「後悔してるの?」

僕はノーティに問うた。
ノーティは静かにコクンと頷いた。

「なら、ちゃんと謝らなきゃね。君は翼が黒くても、悔い改めることが出来る立派な天使だよ」

僕がそう言うと、ノーティは皆の所に行き、ただひたすたに謝った。
許してくれない天使もいた。
それでも、ノーティはただ、ひたすらに謝った。
僕はそんなノーティを見ながら、またもとの森へ戻って行った。


悪魔になりたいと言ったその子は、結局自分の中の良心には勝てず、悪魔になることは出来なかった。
もしかしたら、あのイタズラで悔い改めなければ悪魔になっていたかもしれない。
僕は思うんだ。
きっと悪魔は僕の中にも、村の人の中にも、町の人の中にも、そして国の人の中にも存在するものなんだ。
僕はそう思い、夜を支配する大きな輝く球体を見ながら旅立った。







これは、セトが日記を書くようになってから初めて残したものである。
私はセトみたいに天界には行けないので、これが本当のことかはわからない。
だが、これは本当のことなのだ。
この日記には「ノーティ」という黒い翼の天使が出てくる。
私は彼に会うことは出来ない。
だから、もしこれを「ノーティ」が読んでいたら私に会いにきてほしい。
これは強制ではない。
私はもっと詳しくセトのことが知りたいのだ。今のセトを。
あの私が少年時代、一緒に遊んだセトとは何者なのかを。



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