雫と虹


僕は不思議な夢を見た。
今までこんな不思議な夢は見たことなかったけど、夢に女の人と時計が出てきたんだ。僕はそれを見ていて、女の人が僕の手を、時計のベルがなりだす直前に時計に触れさせ、不思議な感覚を感じた。
なんだか、吸い込まれるような感覚。その直後、僕は目を覚まし、めまいと吐き気に襲われた。



朝、起きると太陽の暖かい日差しではなく、月の神秘的な光が入ってきていた。
太陽の光で目覚めていた僕にとってはとても奇妙な感覚だ。
そういえば、ここの人たちの体内時計はどうなっているんだろう。太陽とかではなく月の光なんだね、きっと。
僕はパジャマから兄さんがリュックサックに入れておいてくれた服に着替え (今日着ていた服は、どこかで洗濯してまた着よう。服もそんなに持ってきていないし)ミンディの部屋に行った。

「ミンディ、起きてるー?」

部屋のドアを三回ノックしてから、僕はミンディに声をかけた。ミンディは眠たそうな声で返事をした。

「わぁ、凄い」

ミンディの部屋を開けると、暖かい光が漏れてきた。太陽の光みたいに暖かい光。
ミンディはズボンだけ履いて寝たのか、ズボン以外は何も着ていなかった。
と、いうかミンディは筆しか持っていなかったからしょうがないのかな。
僕の家に泊まったときは服を貸してあげたけど、僕の服じゃ小さいしな。

「この光はあれが出しているの?」

暖かい光はミンディの部屋の真ん中の天井付近に浮いているミニチュアな太陽が出しているものだとすぐに気づいた。その太陽のそばにミンディが昨日着ていた服と、下着が干してある。
ミンディは眠たそうに「うん」と頷いた。
僕は太陽とともに起きる。森にはちゃんと太陽があるから。
作り物かもしれないけど、ミンディの太陽を浴びたとたん、僕の体は朝だと感じたらしく、少し眠かったけど、 その眠さはどこかに吹っ飛んでいき、まだ夜のような気がするっていう感覚は消えた。
何か、凄く爽やかな朝だ! ミンディは大きなあくびをした。

「やっぱり太陽はいいよなぁ。暖かいし。月の光は冷たいし。そもそも、太陽の国は、あまり月の光が届かないしな」

ミンディは気持ちよさそうに太陽の光を浴びている。そういえば、前に聖霊様が言ってたきがする。太陽も月も一つしかないって。
それで、太陽から一番遠い国には、月が空に昇るって。
僕たちが住んでいる森は、中心だから両方の光が届くって。

「よし、目が覚めた。月も見られたし俺はラッキーだな。やっぱり、太陽の方が好きだけど」

ミンディは大きな伸びをして、ミニチュアの太陽の光を消し、まるで空気を抜くように丸かったミニチュア太陽をぺったんこにして、 ズボンのポケットにいれた。
その後、干してあったものに着替え始めた。干したってことはどこかで洗ったのかな?

「レイニィも、そろそろ起きてるだろ。行ってみようぜ」
「うん!」

ミンディの準備が終わると、僕たちはレイニィの部屋に向かった。
レイニィの部屋に行くのには、少し抵抗があった。だって、レイニィは女の子だし。
だけど、その必要はなく、レイニィは自分の部屋の前にいた。

「あ! おはよう、今からあんたたちの部屋に行こうと思ってたとこだよ。今日は心の雫を探し出すよ」

レイニィはやる気満々で拳を握った。朝から元気だな。
今日こそって、昨日手かがりをつかんだばっかりなのに。僕は少しおかしくなった。

「あ! よかった。皆起きてたんだ。朝食を食べにいこうよ」

どこの部屋から出てきたのかはわからないけど、コカブがいつのまにか僕たちの後ろにいた。
コカブの隣にはレグルス王子がいる。

「おー、そうするか」

ミンディが間延びした返事をすると、コカブとレグルス王子は僕たちの前に立ち、食堂まで連れてってくれようとした。と、いっても僕たちは昨日行ったから場所はなんとなく知っているんだけどね。
僕とミンディが二人について行こうとすると、後ろからレイニィに服を引っ張られた。僕は少し驚いた。

「何?」

ミンディは急に服を引っ張られたからか、少し機嫌が悪くなった。だけど、レイニィはそんなのお構いなしで、雨の雫を指差した。

「あれ? 色が……?」

そう。レイニィが見せてくれた雨の雫は、青色になっていた。
昨日、謁見の間にいたときと同じ色だ。僕たち三人は顔を見合わせた。

「昨日、コカブといたときは、色は変わらなかった。青色になったときには、レグルス王子もいた。 きっと、心の雫はレグルス王子が持っているんだ」

レイニィは嬉しそうに笑っていた。ミンディの機嫌も一気によくなった。

「問題はどうやって返してもらうか?」

ミンディが問うた。この問いは、なぜ問われたのかは、僕でもわかった。
だって、昨日レグルス王子は心の雫のことを話しても何の反応も示さなかったんだ。
もしかしたら、心の雫は青い色をしていないのかもしれない。
僕とミンディがそうやって考え込んでいると、レイニィは前を歩いているレグルス王子の肩をポンっと叩いた。

「ん? 何だ?」

レグルス王子は振り返り、問うた。僕とミンディも急いで後を追った。

「ここ最近、何か拾ったりしなかった?」

レイニィは単刀直入だ。
レグルス王子とコカブは顔を見合わせ、レグルス王子はポケットに手を突っ込み、ごそごそとポケットをひっくり返した。

「こんなものなら、拾ったが」

僕たちはレグルス王子が持っているものを見た。何だか、小さなカケラみたいで、よくわからない。

「庭に落ちていたんだ。綺麗だからお守りにしている」

確かに、レグルス王子の言うとおり、綺麗なカケラだ。
僕には綺麗なガラスのカケラにしか見えないけど。透明だし。

「これが、心の雫?」

ミンディはレイニィの方を向いた。

「わからないけど、雨の雫が青色に光っているってことはそうだと思う」
「これ、君たちのかい? そうなら、返すよ」

レグルス王子はすんなりと、ガラスのカケラをレイニィに渡した。
レイニィは、そのガラスのカケラを受け取ったけどイマイチぱっとしない感じ。 こんなにすぐ手に入るものとは思ってなかったし、まさか心の雫がこんなガラスみたいだとは思っていなかったんだろう。
ミンディも、何か複雑そうな顔をしている。

「本当に、これが心の雫なの?」

レイニィはガラスのカケラをよく見ようと、目の近くに持っていった。ミンディもそのガラスのカケラを見ている。

「ガラスにしか見えないけど……わっ!?」

レイニィが指でくるくる回しながら、見ているとガラスのカケラは急にパチンと弾け、粉々になった。
粉々になったカケラは何となく、雨粒のようにも見えた。
僕たちは、全員その雨粒を見た。粉々になった雨粒は、一つの雨粒になり、驚いて口を開いていたレイニィの口の中に入っていった!

「えっ!?」

レイニィが驚いた声と、何かをゴクンと飲み込む音がした。
コカブとレグルス王子は訳がわからないという感じで、顔を見合わせた。

「もしかして、飲んじゃった?」

ミンディも「何で?」といった感じだ。
ミンディの問いに、レイニィはコクンと頷いたけど、レイニィ自身も何が何だかわからないといった感じだ。

「雨の雫の色が元に戻っているよ」

僕は雨の雫を見ながら言った。

「本当だ。じゃあ、やっぱりさっきのが心の雫?」

ミンディは雨の雫を見て、レイニィを見た。僕もレイニィを見た。特に変わった所はなさそうだけど。
僕たちが首を傾げていると、どこからか大きな音が聞こえてきた。

「な、なんだぁ!?」

ミンディは音に驚き、慌てふためいた声を出した。

「門の方だ。行ってみよう!」

レグルス王子は、そう言うと一目散に走りだした。
その後をコカブが追ったけど、コカブは途中で戻ってきた。

「王様がお戻りになられた。早く城から出た方がいい。近道はこっちだよ!」

戻ってきたと思ったら、コカブは僕の腕をひっぱり、レグルス王子が行った方向とは別の方向に走り始めた。

「お、おい! どこに行くんだよ? 朝飯はどうするんだよ?」

ミンディとレイニィもついてきた。
このままだと、僕たちはミンディが心配するとおり、朝ごはん抜きになりそうだ。
今まで朝ごはんを抜いたことはなかったのに。僕の記録に傷がつきそうだ。
だけど、コカブはミンディの問いには答えず、一階の窓から出て、裏庭を通り、城の敷地内から外にでた。
ちいさな門から出たんだ。僕たちが出た門から、僕たちが入ってきた正門が見えたんだけど、そこにはたくさんの人が集まっていたんだ。

「一体、なんだっていうの?」

レイニィが、ゼイゼイと体を二つに曲げ、苦しそうに肩で息をしていた。
ミンディ壁にもたれかかっている。コカブもすごく苦しそう。
僕も走ったからかなり苦しいんだけど。あんなにスピードを出し、休みなく走ったのは初めてだった。
そんなに、長い距離ってわけではないんだけど、凄く疲れた。多分、朝ごはんを食べていないからだと思う。

「王様、レックスのお父さんが帰ってきたんだ。王様は、レックスが僕みたいな貧乏人と友達になるのを嫌がっているんだ。 それに、自分の居ない間に、他国のものを招いたとあれば君たちだって、もしかしたら凄く怒られるかもしれないよ」

コカブは少し怯えているようにも見えた。そんなに怖い人なのだろうか。
ちょっと見てみたい気もするけど、怒られるのは嫌だなぁ。
僕はあんまり怒られたことがないから、怒られ慣れしていないんだ。

「私はもう用事はすんだからこのまま次に行ってもいいんだけど」
「でも、次はどこに行くんだ? 手がかりもないし、適当に歩いてどこかに着くっていう可能性も低そうだし」

レイニィとミンディがそう話していると、ミンディの腹の虫が鳴った。
ミンディは少し恥ずかしそうにしていたけど、それにつられて僕の腹の虫も鳴いた。
絶対、朝ごはんを食べていないからだ。やっぱり、朝ごはんを食べないってことはよくないんだよ。
どこかに、食べる所があればいいんだけど。兄さんが作ってくれたお弁当、残しておけば良かったなって、 思ったけど、残しておいたら腐っちゃってたかな? それは、勿体無いしちょっと嫌だ。

「えーっと、僕の家にでも来る?」

コカブのその控え目な言葉は、腹をすかしている僕たちにとっては、天の声のように思えた。



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