雫と虹


城から見て青白く光っている星の方向に進むと、コカブの住んでいる村があった。
城下町に比べると、ずいぶんと作りがぞんざいで、小さな木で出来た家々が立ち並んでいた。
村にはゴミ一つ落ちてはいないんだけど、家とかが密集しているせいか、ゴチャゴチャして見えた。
僕は、森に住んでいるから余計にそう見えたんだと思う。

「城下町とはずいぶんと雰囲気が違うね」

レイニィがそう言いながら、腹の虫が鳴った。レイニィだけじゃなく、僕もミンディもコカブの腹の虫も鳴っている。 まるで、曲を演奏しているみたいだ。

「星空の国の中じゃ、一番小さな村だよ。あ、あそこが僕の家」

コカブはそう言って、中でも一番小さな家の中に入った。
僕は森に住んでいるから、国のこととかはよく知らないんだけど、 同じ国にあるのにこんなに差があるものなの? 差が出るのはしょうがないことなの?  ミンディやレイニィはどんなふうに思っているのかな。コカブに不満はないのかな。

コカブは家の中からドアを押さえ、僕たちを手招きした。
僕たちは、コカブの家の中に入った。家の中も外から見た感じと一緒。
ぞんざいな作りで、部屋は一部屋しかなく、隙間風がぴゅーぴゅー入ってくる。

「お母さん、友達連れてきた」

キッチンっていうのかな? そこにいくと、中年の女の人がエプロンをして、包丁で野菜を切っているのが見えた。
何だか、色の薄い野菜だな。日光がないからかな?

「コカブ、貴方また城に行っていたのね? もう、行ってはだめよ。あそこは、私たちが行っていい場所ではないのだから」

コカブのお母さんはこちらを見ずに、そう言った。
コカブは、コカブのお母さんの隣に行った。

「どうして、行っちゃいけないの? 王様にも言われたけど、友達に会いにいっちゃいけないの?」

コカブは寂しそうだった。
僕にはやっぱり、よくわからないけど、これが身分差っていうものなのかも? でも、同じ国に生きているのに、 どうして違いがでるのか。
どうして、大人はそうゆうのを気にするのか。昔に、兄さんがそう話してくれてたけど、僕には結局よくわからない。
々な疑問を抱えていたけど、僕たちはコカブの家の朝食に招待された。
これで、うるさかった腹の虫もおさまりそうだ。食事は、ライ麦みたいなパンとさっきの野菜で作られたサラダだった。

「コカブのお母さん、どこかで雨と一緒に光るものが落ちたのを見ませんでしたか?」

食事が終わり、片付けをしているときだって言うのに、レイニィがコカブのお母さんに問うた。
僕とミンディはテーブルを片づける手がとまり、洗い上げてある食器を片づけている二人の方を見た。

「ごめんなさい。見ていないわ。見ているとしたら城の人たちでしょうね」

コカブのお母さんはそう言って、苦笑した。
レイニィも「そうですか……」とつられて苦笑した。
突然、コカブの家のドアが開く音がして、誰かが走りこんできた。
ほとんど、ドアを開けたらすぐ部屋のようなものだったから、皆、慌てる暇もなかった。

「れ、レックス!?」

走りこんできた子を見て、コカブが凄く驚いた。もちろん、僕たちだって驚いた。
レグルス王子は、苦しそうに肩で息をし、呼吸を整えていた。
もしかして、城からここまで走ってきたのかな? 僕には出来ない芸当だなぁ。
だけど、レグルス王子は転んだのか、頬が少し腫れているように見えた。転んだだけで、あんなに腫れるかな?

「いったい、どうしたの? 王様たちが帰ってきたのに」

コカブはレグルス王子に座るように促した。
けど、レグルス王子は座らず、何故か泣きそうな顔をしていた。
何かあったのかな? それとも、腫れている頬が痛いだけ?

「父様が、父様が……、もうコカブと会うなって。会ったらコカブの村を箒星に襲わせるって……」

レグルス王子は悲しそうな声で言い、ポロポロと泣き出してしまった。
僕たちは、凄く驚いた。そこにいる皆が驚き、戸惑っていた。

「何それ! 酷い!!」

レイニィが怒った。たしかに、怒りたくもなる。だって、凄く理不尽だもの。

「それで、嫌だって言ったら……殴られて、城を飛び出してきたんだ……」

レグルス王子の目から、次々と涙が零れていた。

「父様は変わっちゃったんだ。母様が死んでっ……雨が、まったく降らなくなって……」

レグルス王子の話は、相変わらず僕にはよくわからなくて。
だって、この国では雨は不吉なことなのに、雨が降らなくなってどうして人が変っちゃったの? 
もしかして、雨が降らなくなったことにお母さんの死が関係しているのかもしれない。
でも、僕は子供だからよくわからない。だけど……。

「何があったのかは知らないけど、その態度は許せない! 信じられない!!」

「王様は、きっと自分の子供が心配なんだよ。同時に、コカブには悪いけど、 自分たちより身分がかなり下な人たちといて、何かを言われるのを恐れているんじゃないかな?  そして、自分の子供のレベルが下がるのも心配なんだよ。大人っていうのは、 レベルとか世間体を気にするものだからな。おばさんもそうでしょ?  だから、さっきコカブに城に行くなっていったんでしょ?」

ミンディは、怒っているレイニィと違い、冷静だった。ミンディって何か凄いよね。
コカブのお母さんは、はっとして、うつむいてしまった。

「……わかってはいるの。レグルス王子がコカブにとってどれだけ大切な存在か。 でも、身分が違いすぎるし、周りに何を言われるかわからないから……」

コカブのお母さんは僕たちとの間に壁を作るかのように、胸の前で腕を組んだ。
でも、何でなんだろう? 大人と子供ではどうして、こんなにも考えが違うんだろう? 
大人は皆、子供だったのにどうして子供の考えではなくなってしまうのかな? 
大人になるってことは、大きくなることだけじゃないのかもしれないね。

「お母さんは何もわかってないよ。レックスは、 こんな僕の友達になってくれたんだよ? 運動音痴で、頭も悪くて友達もいない、 こんな僕の友達になってくれたんだよ? だから、青い石を盗ろうとしたんだ。 青い石を持ってくれば、お礼を渡すってあの人言ってたし。それに、この村じゃ、 皆が青い石を探している。だから……、だから一番に見つければ、認められると思ったんだ」

コカブのお母さんはコカブの話を黙って聞いていた。

「僕は、ずっと自分に自信がなくて、負け犬だと思ってた。 で、でも、レックスが違うって言ってくれたんだ! だって、レックスは、 僕を認めてくれたんだ。コカブは、星の中の星だって言ってくれたんだ!」

僕には、コカブの話の意味も、レグスル王子の気持ちもよくわからない。
だって、僕は身分とかそういったものを経験したことがない。
だから、よくわからないんだ。身分とかがどれほど凄いものなのかとか。

「どうして、レグルス王子のお母さんは死んじゃったんだ?」

ミンディが突然レグルス王子の方を向いた。レグルス王子もミンディを見た。
レグルス王子はすぐにうつむき、悲しそうにみえた。

「ここは、あまり雨が降らないって話をしただろう? それはここの気候とか、 地形の問題だから、あまり雨が降らなくてもたまの雨でやっていけたんだ。 でも、雨がまったく降らなくなっちゃって、水不足になったんだ。ここの植物とか野菜は、 月の光とその、たまの雨で育つんだけど、雨が降らなくなって枯れちゃったんだ。 それで、母様は、その野菜にあたっちゃったんだ。って、父様から聞いた。だから、 雨が降れば……。水不足も解消されて……」
「わかった。私、やってみるよ」

レグルス王子の言葉を遮り、レイニィが言った。皆の視線は、レイニィに向いた。
僕もレイニィを見た。レイニィはまっすぐにレグルス王子を見ていた。

「そんなこと、出来るのかい?」

レグルス王子は不安と期待の目で、レイニィに問うた。

「わからないけど、雨の国の姫様の心の雫がなくなって、雨が降らなくなった。 私の中には、その心の雫のカケラが入っている。だから、出来ないことはないと思う。 とにかく、私は城に行くよ。王様にもガツンと言ってやりたいし」

そう言って、レイニィは拳を握った。レイニィって結構、男勝りな性格だよね。

「さぁ! ミンディにフィリカ、行くよ! おばさん、ごちそうさまでした。 おばさんも雨が降ったらコガブにレグルス王子と遊んじゃダメとか言っちゃだめだよ!」

レイニィはコカブのお母さんにそう言うと、僕たちの先頭に立ち、コカブの家を出た。
僕たちも慌ててレイニィの後を追った。

「待って! 僕たちも行くよ!」

レグルス王子とコカブが僕たちの後を追ってきた。



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