雫と虹


昔、セージ兄さんが言っていた。子供は周りを気にしなくていいから好きなことができる。
大人は、子供のことや周りを気にするから子供に行動を制限させる。子供のことが心配だから。
一概に大人が悪いとは言えないんだって。だって、セージ兄さんは言ってたんだ。
大人っていうのは、自分を抑え、隠さないといけない悲しい存在なんだって。
その意味がちょっとわかった気がした。

「ねぇ、雨が降ればカビは消えるの? だったら、雨が降ったら二人を友達で居させてあげて。 雨が降ればカビの問題は消えるかもしれないんだから」

レイニィは、王様の返事を聞かず、ドアを開け、屋上へと出て行ってしまった。

「レイニィ!」

ミンディは急いでレイニィについて行った。もちろん、僕も。
でも、僕はどんくさいから、ついて行くのに一歩遅れた。
レイニィは、屋上で月と星が輝く空に祈りを捧げていた。

「何をしているのかな?」

僕はこそっとミンディに聞いた。

「俺にもわからない。もし、雨が降ってもここは太陽がないから、虹は作れないな」

ミンディは、空を見上げた。僕もつられて見上げた。
特に何も変わっていない。それでも、レイニィは祈りを捧げている。
雨の国のお姫様は、あんなふうに雨を降らせるのかな?
僕たちは空から目を離し、レイニィを見ていた。
そのままレイニィを見続けていると、レイニィの周りがキラキラと光っているように見えた。
なんとなく、霧みたいのも出てきて空を見上げると、雲行きが怪しくなってきた。
だけど、曇りになっただけで、雨は降りそうもない。

「雨を降らすなんて、出来るかどうかわからないことやるなんて、無理だったんだよ」

いつのまにか、コカブが僕たちの隣に居て、「やっぱり無理だよ」と言った。
コカブは心配と諦めが入った表情でレイニィを見ていた。

「コカブ、それは違うぞ。出来るかどうかわからないから、やるんだ。 俺たちはまだ子供で、大人みたいにたくさんのことは出来ない。 だけど、大人だって昔は出来なかったんだ。皆、初めてやるときは可能性にかけてるんだよ。 レイニィは、今その可能性を武器にして雨を降らそうとしているんだ。 出来るかどうかって言うのは今までやったことがないから、わからないんだ。だから、無理なんて決めつけちゃだめだ」

ミンディはレイニィから目を離さずに言った。ミンディの言うとおりだ。
やったことがないんだから、出来る可能性だってあるんだ。
さっきの、ミンディの筆のこともそうだ。やるか、やらないかの違い。
挑戦するか、挑戦しないかの違いなんだ。チャンスは待ってくれない。これは、雨を降らすチャンス。
コカブはバツが悪そうにうつむいた。

突然、頭にポツンと何か冷たいものが当たった。
まさか、もしかして!?

「ミンディ!」

僕は驚きと嬉しさの声を出した。
また、頭にポツンときた。次々にポツンときた。

「うん、雨だ。雨が降ってきた!」

ミンディも嬉しそうに笑った。雨の中でも、小雨で傘がなくても平気な雨。
もしかして、すぐに止んでしまうかもしれないけど、間違いなくレイニィが雨を降らせたんだ。
でも、前に、レグルス王子がここでは雨は不吉だって言ってたから、喜んでいいのかわからなかった。
って言っても、もう喜んでるんだけどね。

「雨……ずいぶんと久しぶりに見た気がする。雨も必要なものだったのだな」

王様がいつのまにか屋上に来ていて、雨の降る空を見上げていた。
レグルス王子は雨を掴もうとはしゃいでいる。
そうか。なぜ、ここでは雨が不吉か、どうしてコカブとレグルス王子が一緒にいられないのか。
前に、聖霊様がこう言ってた気がする。人は自分と違うものを恐れるって。
確かに、いつもの生活に違うものが入ってきたら怖い。きっと、子供より大人の方が怖がりなんだ。
だって、周りを気にするとか、自分と違う立場の者を避けるとかってことは、そうなんじゃないかな。
王様は突然、あの部屋に戻った。

「つ、疲れた……」

レイニィがそう言い、祈るのをやめると、雨は自然と上がってしまった。
でも、間違いなく雨は降った。だって、床が濡れてるもの。

「お疲れ」

ミンディがレイニィの肩をポンと叩いた。
レイニィは疲れているけど、やりきったって感じで爽やかな笑顔で笑った。
そんなレイニィは凄く綺麗で、まるで見たことはないけど、お姫様みたいだった。

「そうだ! 母様は!?」

レグルス王子は急に大声を出し、部屋の中へ入って行った。
僕たちも後を追った。部屋では、王様が王妃様の手を握り、僕には泣いているように見えた。

「レグルス、見てみなさい。カビが薄くなっているよ」

先に部屋にいた王様が、レグルス王子に嬉しそうな声で言った。

「本当に!?」

レグルス王子は、王妃様のすぐ近くに行った。
僕もチラっとみたけど、確かに王様の言うとおりカビが薄くなっていた。
きっと、このカビは乾燥が好きだから、さっき雨が降って湿気が出たせいで少しばっかりカビが死んだんだと思う。
やっぱり、雨は必要なんだ。聖霊様も兄さんもこの世に必要でないものはないって言ってたもん。

「……私は間違っていたのかもしれないな。周囲の目を気にしすぎていたみたいだ。 私が父や母にそうされたように、レグルスにも同じことをしてしまった。 私は、あのときの思いを忘れていたよ。言い訳がましく聞こえるかもしれないが、友達は必要だ。 王妃はそう私に訴えかけていたのを思い出したよ。そもそも、貧困層があるならその貧困を私がどうにかしなければならないな」

王様はそう言って、笑った。でも、僕たちが笑うのと違う。
昔に見た、僕のお父さんたちもこんな風に笑っていたような気がした。

「じゃあ、コカブと遊んでもいいの?」

レグルス王子は凄く嬉しそうだった。コカブも。王様はゆっくりと頷いた。
その頷きを見たとたん、レグルス王子とコカブはお互い顔を見合わせて、笑い、とび跳ねた。

「あの! 雨に混じってキラキラしたものが落ちるのを見ませんでしたか?」

多分、レイニィはこれがずっと聞きたかったんだと思う。
だって、言葉に力がこもってるもの。王様はよくわからなさそうな顔をして、レイニィの方を見た。

「私は知らないが、君たちは夕暮れの街から来たのかな?」
「はい。夕暮れの街から来ました」

「なら、そよ風の村に行くといい。風がくる道に進めばつくはずだ。 そうだな、ちょうどもうすぐ強い風が吹くから、その風に突き進めばいいだろう。一番わかりやすく、早くに着くはずだ」
「わかりました。ありがとうございます」

レイニィは、王様にふかぶかと丁寧にお礼をした。
そんなレイニィを見て、僕とミンディも慌てて真似をした。
僕たちは、コカブとレグルス王子に風がくる道を教えてもらい、二人と別れた。
二人はそのまま遊びに行ったんだと思う。
僕は、森から出て、色々なことを学んだ。きっと、森にいたら一生わからなかったことだ。
森から出たことは良かったことなのかもね。



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