雫と虹


ウミガメたちは、大きな扉の前で僕たちを降ろし、帰って行った。
僕は壁に宝石が埋まっているのを見つけた。僕たちの前に立ちはだかる扉にも宝石は埋まっていた。金の扉で金のドアノブがついていて。
ミンディが、その扉を三回ノックしたけど、返事は帰ってこなかった。

「入ってもいいのかな?」

ミンディは独り言のように呟いた。ミンディは疑問形でそう言ったけど、すでに右手ドアノブを掴んでいた。
僕とレイニィはコクンを頷き、それを見たミンディは大きく深呼吸をしてドアノブを強く握り直し、扉をゆっくりと開けた。

「わっ! 眩しい!!」

開いた扉の隙間から、煌びやかな光が漏れ、僕は思わず目を瞑った。
僕が目を開けたときには、その光はなくなっていて、扉は全部開いていた。その代わり、ものすごくキラキラと金色に輝く部屋がそこにはあった。
前を見ると、キモノっていうのかな? 緑色のキモノを着て、羽衣をはおり、長い黒い髪をした女の人がいた。髪には、簪っていうのもをつけていた。
金色の部屋だから扉を開けたとき眩しく思ったんだ。

「おぬしらが、西の海からの客人じゃな? 話しはカナロア姫から聞いておる。 妾は、東の海の国の姫で、オトヒメという。心の雫というものを取りに来たのであろう?」

オトヒメ様はそう言って笑った。この人はカナロア姫と違って、下半身が魚じゃなく、僕たちと同じだ。
東と西では、色々と違うんだね。東の方はあまりなじみもないし、はじめてきたからわからないことだらけだ。
でも、カナロア姫、ちゃんと言っといてくれたんだ。もしかして、そんなに機嫌が悪くなかったのかもしれない。

「心の雫はどこにあるんですか?」

レイニィはさっそく本題に入った。

「これのことか?」

オトヒメ様は、胸元からゴルフボールくらいの大きさの丸いガラス玉をとりだした。
レイニィは、雨の雫に視線を移し、色が変わっているのを確認した。

「それみたいです。ありがとうございますっ!?」

レイニィがそう言い終わるやいなや、心の雫はオトヒメ様の手を飛び出し、いくつもの小さなカケラとなり、宙を舞った。

「妾は何もしていないぞ!」

オトヒメ様は、突然のことで混乱し、驚き、僕たちのことを見た。僕たちも少しは驚いたけど、もう行き先もわかっていたし、慣れもあった。
心の雫はレイニィめがけて降り注ぎ、口の中に飛び込み、レイニィがゴクンと飲み込んだ。

「い、一体何が起きたのじゃ?」

オトヒメ様は何が何だかわからないといった感じだ。
僕たちも最初は何が何だかわからなかったから、その気持ちがよくわかる。

「体は平気なのか?」

驚きと困惑が混じった表情で、オトヒメ様はレイニィに問うた。レイニィは、にっこりと笑った。

「大丈夫です。異物感もないし。私もよくわからないんですけど」

僕が思うに、心の雫はレイニィと一体化してると思うんだ。そうでなきゃ、星空の国で雨を降らせたり、他の心の雫が自ら体の中に入るようなことなんてないと思う。
それに、レイニィと一体になっていなきゃ、食べ物と一緒に下から出てくると思う。もし、そんなことになったら凄く痛いと思うんだ。でも、レイニィにそんな様子はない。

「所で、オトヒメ様は人魚ではないんですか?」

ミンディが突然話しを変えた。僕も少し気になっていたんだけどね。
ミンディは、こうやって聞けちゃうあたりが凄いと思う。僕は絶対聞けないよ。

「妾は竜王の娘じゃ」
「「竜王?」」

オトヒメ様が得意げにそう言うと、レイニィとミンディの声がかぶった。
二人は竜王っていうのを知らないみたい。ま、僕も知らないんだけどね。聖霊様だったら、知ってたのかな?

「竜王とは、龍のことだ。西の方では、ドラゴンとでも言うのか。だが、ドラゴンのような姿はしていない。妾たちは海龍と呼ばれている」

オトヒメ様はそう説明してくれたけど、龍をみたことのない僕たちにはその説明は難しかった。
だって、想像がつかないんだもん。よくわからないし。つまり、ドラゴンだけど、ドラゴンじゃないってこと?

「雨を司る龍もいるぞ」

オトヒメ様はそう言って、レイニィの方を見た。やっぱり、東と西じゃ、色々文化が違うんだ。
じゃあ、北と南も違うのかな? そういえば、南の方には言ったことないや。北の方は、雪と氷の国は北じゃないのかな?

「それはさておき、雨の国は大変なことになっているそうじゃな。 眠り続けるということは、命にもかかわることじゃ。だが、雨が降らず大変な思いをしている国もあるそうじゃ。 海の国は関係のないことじゃが、火の国はかなりの影響がでているそうじゃ」

オトヒメ様は深いため息をついた。僕はオトヒメ様の言っている意味のことがよくわからなかった。
特に火の国のこと。火の国ってことは、いつも燃えているってことじゃないの? 雨が降ったら火が消えちゃうじゃん。

「そちら、火の国について知らぬのか?」

僕……きっと、ミンディとレイニィもわからないという表情をしていたんだろう。
だから、オトヒメ様がびっくりしたように問うた。

「俺は知っていますよ。火の国。別名砂漠の国ですよね?」

ミンディは、わからないといった感じではなく、真剣な顔だった。ミンディは知っていたんだ、火の国のこと。
さっき、わからないという表情をしていたのは僕とレイニィだけみたいだね。

「そうじゃ。火の国はつねに灼熱のような気温の中過ごす。灼熱とは言いすぎかもしれぬが、それほどまでに暑いのじゃ。 火の国は雨を歓迎する。星空の国では、雨は不吉や悲しいイメージがあるみたいじゃが、火の国では天の恵みといった楽しいイメージがあるのじゃ。 火の国は雨の少ない国じゃからな。水も少ない。じゃが、火の国は雨が降らなくなり、オアシスの水も枯れ、死者も出ているそうじゃ。 だから……雨を降らしてやってはくれぬか? おぬしは、星空の国で、雨を降らせたと聞いた。それを、火の国でもやってはくれぬか?」

オトヒメ様は真剣な目で、レイニィを見ていた。レイニィは、まるで凍りついたように動かなくなってしまった。
確かにレイニィは一度だけ、星空の国で雨を降らしたことがある。
でも、レイニィは姫じゃないから、次も雨を降らせられるとは限らないけど、レイニィは火の国の人を助けたいんだと思う。
そういえば、どうして姫じゃないと雨を降らせられないのかな? きっと、心の雫が関係しているんだと思うんだけど。

「なるべく早く火の国に雨を降らせてもらいたい。だから、返事は明日まででいい。今日はこの国に泊るといいだろう。今、そちらの面倒を見る者を呼んでくるぞ」

オトヒメ様はそう言って、部屋を後にした。羽衣がゆらゆらと揺れている。
そういえば、そろそろお腹が減ってきたかも。朝ごはんは遅めに食べたから、お昼は食べなくても平気だったんだけど、やっぱり朝ごはんだけだとお腹が減るね。
今は夕方とかそのくらいかな? にしても、今日は三つの国に行ったから疲れちゃったな。
そんなことを考えているとオトヒメ様が去った扉から、一人の女の人が出てきた。

「私がお部屋へご案内させていただきます。後、こちらのカードをみな様にお渡しいたします」

女の人は僕たちにあいさつのお辞儀をしたあと、青いカードを一枚ずつくれた。
何か書いてあるのはわかるんだけど、何てかいてあるのかわからなかった。だって、森で使う文字とは違うんだもん。

「こちらは、東の海の国で使えるカードでございます。このカードを提示していただければ、買い物が出来ます。 食べ物やお水、火の国は暑い国とお聞きします。服を買うのもお勧めします。このカードは滞在中、皆様が使うお部屋の鍵でもありますので、 失くさないようにしてください。また、この国を出るときは私かオトヒメ様に返すようお願いいたします」

ミンディもレイニィも、貰った青いカードを見ながら説明を聞いていた。女の人は説明を続けた。

「また、この国とウミガメの道以外では、陸の者は息をすることができませんし、服も濡れてしまいますので気をつけてください。まずはお部屋にご案内いたします」

女の人はそう言って、部屋を出た。僕たちもそれに続いた。
この女の人も龍なのかな? にしても、この女の人はちょっと歩くのが早くてどんくさくて、とろい僕は追いつくのがやっとだった。    



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