雫と虹
階段に来た僕たちは、階段を上り、城の奥へと進んでいた。奥までくると雰囲気も暗くなり、何だか薄暗くなってきた。
しかも、それは奥に行くほど強まっていき、陰気な雰囲気になった。
「何か嫌な雰囲気だね」
レイニィが嫌そうな顔で言った。雨の雫はまだ青い色になっていない。
僕はこの廊下の一番奥が気になっていた。
「見て、扉がある。他の扉と違って稲妻の模様が刻まれている」
廊下を進んでいくと、最奥にミンディが扉を見つけた。凄く頑丈そうな扉。
陰気な雰囲気はあの部屋から漂っている気がする。僕たちはその扉の前まで行った。
「待って! 何か聞こえる」
ミンディがドアノブに手をかけようとした瞬間、扉の向こうから誰かのすすり泣く声が聞こえ、僕は耳を扉にくっつけた。
この声は男の人だ。扉が邪魔で何を言っているのかわからない。
「この部屋、男の人がいるよ。しかも、泣いているみたい」
僕がそう言うと、ミンディとレイニィは不思議そうな顔をした。
「何で泣いているんだ?」
ミンディは、ただ疑問に思ったんだろう。自然と声になったという感じだ。
「入ってみよう。私、この部屋凄く気になる」
レイニィは、この部屋から何か感じたのか、ミンディが一度離したドアノブを握り、扉を開けた。
その開いた扉の隙間から、どよーんと陰気な空気が出てくるのを感じた。
やっぱり、あの陰気な雰囲気はこの部屋からだったんだ。部屋の中は思った以上に暗かった。
何だかジメジメしてるし、変なにおいもする。だけど、男の人は僕たちに気付かず泣いていた。
僕たちはその男の人に近づいたその瞬間、大勢の人に見られている感じがした。
「見て! 女の人の写真がたくさんある。しかも、全部同じ人だ!」
僕の感じた視線は、すべて写真からくるものだと、ミンディの言葉でわかった。
ぐるりと部屋の中を見渡すと壁一面に同じ女の人の写真。笑ってたり、ちょっと怒ってたり……。
この写真の女の人、この間僕の夢に出てきた女の人にそっくりだ。オトヒメ様の所で見た夢の。
「この写真、ピオッジャ姫だ……」
レイニィが静かに、だけど驚いた声で言った。
「え!?」
もちろん、僕らも驚いた。
この女の人が、僕の夢に出てきた女の人がピオッジャ姫。
「何で、こんな所に雨の姫の写真が?」
ミンディの言う通りだ。何で、こんな所に、しかもこんな大量にあるんだろう?
僕たちが驚いている間も男の人は泣いていた。
「ピオッジャ姫……、一体、なぜ……」
男の人は、雨の姫の名前を呼んで泣いていた。この人とピオッジャ姫はどういう関係なんだろう?
「ちょっと、話しかけてみる?」
ミンディが、どうする? って感じで言った。
今回はちゃんと扉を閉めたからあの口髭たちには見つからないだろう。この泣いている男の人は何か、知っていると思うんだ。
「私が話しかけてみる」
レイニィは、そう言って男の人の肩をポンっと叩いた。
男の人は急に肩を叩かれたからか、ビクっとして僕たちの方を向いた。
金髪で凄く綺麗な顔をした男の人だ。泣き続けているのか目が真っ赤になっている。
「き、君たちは誰だい……?」
男の人は年下の僕たちに怯え、後ずさりした。そんな男の人の様子に、僕は何もしていないけど、何だか悪いことでもいているような気分になった。
レイニィはじっと男の人を見ていた。
「あんた、何? どうして、ピオッジャ姫の写真をこんなに持ってるの?」
ミンディは静かに目の前の怯えている男の人に問うた。
男の人は目に涙をためて震えていた。この人、大人だよね……?
「き、君たちは、くく国のものでは、ないね? わ、私はユピテル。こ、この国のおう、王子だ。な、何のよ、用があって、ここに来た?」
男の人はガチガチ震えているからか、うまくしゃべれずにどもったりしていた。
この人、王子だったんだ。でも、いま考えるとそうかもしれない。扉は頑丈だし、何よりいい服を着ている。
でも、こんな臆病な人が王子でいいの? この歳だと、多分雷は継承されているはず。
「あんたに用はない。なぜ、ピオッジャ姫を知ってるの?」
レイニィは声こそは静かだったけど、威圧感を放っていた。そのせいか、ユピテル王子は、少し逃げ腰になっていた。
雷の国は雨の国を狙ってるって聞いたけど、この人が狙ってたのかな? こんなに憶病なのに。大丈夫なの? こっちまで何か心配になってくる。
「ピ、ピオッジャ姫は、私のもとへくるはずだった。それなのに、あのクロノス王子がっ!」
ユピテル王子は大粒の涙をこぼした。
「あんたとピオッジャ姫は一体どういう関係? 雷の国は雨の国を手に入れたがってるって聞いた。
だったら、なんでそんな風に泣くの? どうして、時間の王子とピオッジャ姫の恋は許されなかったの?」
レイニィはしゃがみこんでいるユピテル王子と視線を合わせるためにしゃがんだ。
レイニィの威圧感は消えたけど、ユピテル王子はまだ怯えていた。だけど、もうどもってなかった。
「雷の国と雨の国は、雪と氷の国のようになるはずだった。私と、ピオッジャ姫は小さい頃から結婚が決められていた。
私はピオッジャ姫が好きだった。なのに、クロノス王子がピオッジャ姫の心まで奪ってしまったんだ」
ユピテル王子は、まるでクロノス王子に憎しみを吐き出すように言った。
何か、皆が話してたのと全然違うみたい。やっぱり、すべては時間の王子の策に踊らされていたのか? クロノス王子って時間の国の王子でいいんだよね?
「王子は雨の国がほしいんじゃないの? それとも、結婚して王になりたいの? それとも、ピオッジャ姫がただ好きなの?」
ミンディが落ち着いた声で聞いた。
ユピテル王子は涙を拭い、ミンディの方を見た。
「私は、ピオッジャ姫が好きなんだ。なのに、クロノス王子が……。
ピオッジャ姫の幸せを祈るなら、私は何も言うべきではないのかもしれない。
私が、ピオッジャ姫を諦めた方がよかったのかもしれない。そうすれば、クロノス王子とのこともあんなに反対はされなかったかもしれない。
結局私は、何も出来ないままだ……」
僕はやっぱり誤解していた。ユピテル王子は全然悪い人じゃなかった。
あの口髭たちの王子だし、短気って聞いてたから乱暴とか怖いとかって思ってたけど、そんなんじゃない。
ユピテル王子はピオッジャ姫のことが好きでしょうがないんだね。ピオッジャ姫だから王になりたいと思ったんだ。
王子は結婚して王になるんだ。火の国や星空の国の王のように。クロノス王子が現れるまで、二人はうまくいってたのかな。
「あんたの国の人が他の国に酷いことをしながら、心の雫を集めているのは知ってる?」
レイニィはため息をついた。きっと、レイニィもユピテル王子が何も悪くないってことがわかったんだ。
「私は、そんなことやる必要はないと言った! 心はクロノス王子が持って行ってしまったから……」
もしかして、失恋をしたのはユピテル王子なのかもしれない。
ユピテル王子は心の雫について何か知っているんだ。
「ユピテル王子は何か知ってるんですか?」
だから、僕はそう問うた。そうだと思ったから。
ユピテル王子は僕の方を向いた。もう、怯えた感じはなくなっていた。
「私は、ピオッジャ姫が眠りにつく現場に居合わせた。そこには、クロノス王子もいて、クロノス王子がピオッジャ姫の心を持って行ってしまったんだ。
砕け散ったのは、雨の結晶だ。クロノス王子は時間の力を借りて、それをやってのけたんだ」
ユピテル王子の言葉に僕たちは顔を見合わせた。火の国で火の王様と話していたことは正しかったんだ。
皆が、心の雫だと思っていたのは雨の結晶で、受け継いだ雨を手離し、ピオッジャ姫は姫じゃなくなった。
だから、雨が降らなくなった。皆は、ピオッジャ姫が眠りについてしまったから雨が降らなくなったと思っていたけど、違っていたんだ。
もしかして、レイニィの口の中に入ったのは偶然じゃなかったのかもしれない。
時間の王子は、そこまでしてピオッジャ姫をただの女の人にしてまで手に入れたかったんだろうか。
「私は、もう一度ピオッジャ姫に逢いたい。声が聞きたい。そのためには、私がこの部屋を出なければならない。でも……」
ユピテル王子は、わっと泣き始めた。でも、僕はまだ疑問があった。
クロノス王子が時間の力を使えば、未来も過去も変えられる。なら、何で、時間の力を使って反対されないようにしなかったのだろうか? 二人は本当に好きだったのかな?
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