雫と虹
聖霊様は大抵、世界樹のある所にいる。たまに、どこかに出かけていることもあるんだけど。
聖霊様は僕たち、森の人とはちょっと違った姿をしている。
僕も聖霊様によく会いに行くわけではないんだけど、聖霊様は白い獣のようなふわふわの尻尾と耳を持っているんだ。
で、その耳の下には星の髪飾りを付けている。その、髪飾りは本物の星のようにも見えるけど、どうなんだろう。
そういえば、僕は一度だけ、長い金髪をなびかせ、銀色の翼でどこかへ飛んで行く聖霊様を見たことがある。
聖霊様が飛んだあとは、銀色の光が残るからすぐに解るんだ。
「なぁ、さっきから言ってる聖霊様って何だ?」
世界樹に向かって歩いていると、ミンディがそう話しかけてきた。
世界樹はこの森の中心にあって、どこにいても見える。世界樹は大きいからね。まだ、距離はあると思うけど。
「聖霊様は、この森に住む一番偉い人だよ。よく解らないけど、聖霊様は世界を裁く力を持っているんだって」
うん。本当によく解らないんだけど。今日は聖霊様、どこにも行ってないといいんだけどな。
僕たちは、世界樹の所に行くまで特に何も話さず、ただ歩いていた。
でも、黙っていても気まずいとかそんな感じはなく、不思議と嫌な感じでもなかった。
僕はあまり、人づきあいが得意な方ではないから、少し驚いた。
今回のことだって、ミンディが話しかけてこれなきゃ、僕は話しかけなかったと思う。
予想外に、世界樹は近かった。もうちょっと時間かかるかなって、思ってたんだけど、そんなに時間がかからなかったんだ。
「遠くから見てて、デカイ木があるなぁと思ってたら、近くに来たらもっとデカイなぁ。てっぺんが見えないや」
ミンディは、世界樹の前に行き、世界樹を見上げた。そうなんだ。世界樹はとても大きな木で太さも高さも凄い。
一体、どれだけ集まれば世界樹を囲むことが出来るんだろう。高さだって、雲を突き抜けてるし。
きっと、世界樹のてっぺんを見ることが出来るのは、翼をもつ聖霊様だけだろうね。
「聖霊様はどこにいるんだろう?」
僕は姿の見えない聖霊様を探した。もしかして、どこかに行っているのかな。タイミング悪いなぁ。
「いつもは、ここにいるのか?」
ミンディもキョロキョロと僕たち以外の人を探した。
「聖霊様に会いたいと思ったら、皆ここに来るよ」
いつも、ここにいるわけではないんだけど。
「もしかして、上にいるってことはないか?」
ミンディはまた、世界樹を見上げた。僕も見上げた。ずっと見上げていると首が痛くなりそう。
ミンディの問いに僕は何て答えればいんのだろう。その可能性はなくはないと思うけど、僕には解らないんだ。
「取りあえず、見てくるよ!」
ミンディは、そう言うとあの背中にしょってた大きな筆(そういえば、先っちょに藍色がついてる)を下し、跨り、まるで魔女が箒で飛ぶように、筆で飛んだ。
「わぁ、凄い」
僕はまたミンディが羨ましくなった。だって、僕は飛べないから。
「じゃあ、ちょっと上まで行ってくるから、そこで待っててな?」
ミンディは、少し照れくさそうにそう言うと、あっという間に見えなくなった。いいなぁ、ミンディは空を飛ぶことが出来て。
僕たち、森の人は誰も飛行能力を持っていない。ミンディみたいに何かに乗ってというのも出来ない。
だから、凄く空を飛べる人が羨ましい。ミンディに頼めば、後ろに乗せてくれるかなぁ。乗せてくれるといいなぁ。
「おーい、フィリカー」
僕が色々考えていると、いつのまにかミンディの姿が見えるようなっていた。上から降りてきたんだ。
ミンディは、そのまま僕の隣に来た。筆はまた背中にしょった。
「聖霊様、いた?」
僕がそう聞くと、ミンディは首と横に振った。やっぱり、居なかったんだ。
「上にはいなかったけど、ちょっと先に花畑があるだろう?来た道とは反対の方に。そこに銀色の翼がある金髪の女の子がいたけど、あれが聖霊様?」
ミンディは首をかしげた。翼のある女の子。女の子はたくさんいるけど、翼があるのは一人しかいない。もちろん、この森の中だけの話。
「うん、この森に翼がある人は聖霊様だけだもん」
やっぱり、空から見るのは少し違うみたい。僕もいつかは見てみたいなって、思った。
「よーし、じゃあさっそく行ってみよう!」
ミンディは気合を入れ、元気よく笑った。僕も、自然とつられて笑っていた。
笑うのは苦手なのに、ミンディといると自然に笑えるから不思議。
「そいえば、ミンディ。その筆って……」
僕はミンディの筆が凄く不思議だと思ってた。
箒で飛ぶ人は見たことがあるし、聞いたことがあるけど、筆で飛ぶって人は見たことも聞いたこともなかった。
「この筆? これは、虹を描くためのものだよ。さっき世界樹の上に行く時は出なかったけど、光と水滴を材料にして虹を描いているんだ。虹を作る七人だけが持っているんだぜ」
ミンディは少し自慢げだ。それに、褒められて嬉しいって感じの時と同じ顔をしている。
きっと、筆はミンディの宝物なんだ。いいなぁ、僕もそんな自慢の品が欲しい。
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