雫と虹
僕たちは、聖霊様に手を振られながら花畑を後にした。
次の行先は、僕の村。大きなバケツがあった近くだ。
「聖霊様、綺麗だったなぁー。外見は俺たちと同じくらいなのに」
ミンディは僕と同じことを考えていた。すっかし、顔がニヤけちゃってる。
「うん。たまに会えるだけでも、ラッキーだなって思ったよ」
本当に。会えなくても、聖霊様と同じ世界にいるだけでもラッキーだよね。
ミンディは羨ましそうに「いいなぁ」と呟いた。僕は少し嬉しくなった。だって、ミンディに自慢できることがあったんだもの。
バケツの所に戻ると、もうバケツはなくどうやら今日の作業は終えて、みんな家に帰ったみたいだ。
もちろん、僕も家に帰った。ミンディを連れてね。家には兄さんがいて、さっきまで青空だった空はほんのりと赤くなってきていた。
まるで、さっきの僕たちの赤さと同じなだって思った。
「聖霊様には会えたのか?」
セージ兄さんは夕食の支度をしていた。この匂いは野菜炒めだ。
そもそも僕たち、森の人は肉は食べないから野菜か山菜とか木の実とかしか食べないんだけどね。
まるで、リスみたいだなぁって僕は思ったことがあるよ。
「うん。あ、聖霊様が僕も一緒に行けって言ってたんだけど……」
本当はあまり行きたくないけど、聖霊様が言ったのなら仕方がない。
僕はチラリとミンディの方を見た。そして、兄さんの方を見た。
「いつ出発するんだ?」
兄さんは僕の方を見ずに言った。表情が解らないから、兄さんが何を考えているかわからなかった。
「まず、夕暮れの街ってとこに行かなきゃ行けないんだ。夕暮れの街に行くには、朝日と同時に出発しなきゃいけないんだ。だから、明日の朝日と同時に出発しようと思っているんだ」
兄さんは相変わらず僕の方を見ないで、野菜を炒めている。
僕は兄さんと二人で暮している。父さんと母さんは随分前に消えちゃったんだ。消えるっていうのは、死んだってことと同じ。
僕たちは消えるって言うんだけど、消えた後、どこに行くかは誰にもわからないんだ。聖霊様でさえも。
「明日か。随分と急だな。でも、聖霊様の言ったことだ。行っておいで」
兄さんは、火を消し、やっとこっちを見てくれた。少し、寂しそうに笑っている。
でも、同時に兄さんは森から出たがらない僕のことを心配していたから、ちょっと嬉しそうでもある。
いわゆる、僕は引きこもりってやつなんだ。
僕とミンディは、明日が早いから兄さんに早めに夕食にしてもらって、早めに寝てしまった。
朝日とともに出発ってことは、朝日より先に起きなきゃいけないってことだ。
そんなに早く起きれるか不安だけど、いつもどおり兄さんの作る夕食は美味しかった。
暫く、兄さんのご飯が食べられなくなると思うと、行きたくなくなったし、寂しくなった。
ミンディは、あんまりそうゆう素振りを見せないけど、どうなんだろう?
ミンディは僕の部屋で一緒に寝たんだけど、すぐに寝てしまった。僕もいつの間にか寝ていたらしく、気づいたら兄さんに起こされていた。
「おい、起きろ。朝日が登っちまうぞ。ミンディはもう起きてるぞ」
「え!?」
僕は、兄さんのその声でパッチリと目が覚めた。外はまだ暗かった。
「ほら、フィリカ。準備しといてやったぞ」
兄さんは、パンパンに膨らんだ僕の愛用のリュックサックを背負わせてくれた。
そういえば、昨日は何の準備もしないで寝ちゃったんだ。兄さんが準備しておいてくれたんだ。兄さんはちゃんと寝たのかな?
「ん、ありがとう。兄さん」
僕は眠い目を擦った。ミンディの姿がどこにも見えなかった。
「ミンディは、もう外にいるよ」
兄さんは僕の考えがわかるのか、そう答えてくれた。そうか、もう外にいるんだ。きっと、朝日を待っているんだ。
ミンディは眠くないのだろうか?
「気を付けて行ってこいよ」
外まで見送りに来てくれた兄さんにそう言われた。
「うん」
僕は何かこみ上げてくるものがあったけど、我慢した。だって、余計兄さんを心配させちゃうだろ?
「お、来たか」
ミンディは朝から元気そうに笑っていた。僕はまだ眠いのに、ミンディは凄いなぁ。東の空が明るくなってきている。
「もうすぐ、朝日だね」
僕はあくびをしながら、ミンディに言った。
ミンディは頷き、東の空を見ていた。そして、ついに朝日が顔を出した!
「兄さん、行ってくるねー!」
僕たちは朝日とともに出発するのに成功し、僕は兄さんに手を振り、別れを告げた。兄さんも手を振ってくれた。
僕は、絶対森を出ないと思ってた。出ようとも思ってなかった。
まさか、こんな形で森を出ることになるとは驚きだけど、どこか、僕の奥の方でワクワクしている僕がいた。
きっと、もしかしたら、僕は森を出て、何か変わるのかもしれない。
そう思うと、森から出るのがあんなに嫌だったのに、ちょっと楽しみになってきた。
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