小説家と少年


関東の某所にあるアパートの一室にて


「書けねぇ……」

俺はいつからこんなに物が書けなくなったんだろうか……
そう思いつつ紙くずが散乱した部屋の畳に寝っ転がると、三年前に取った賞状に眼が行った。
今はもう埃を被った額に、小説家なら誰もが憧れる芥川賞の字が翳んで見える。
賞状の名は俺では無い俺の名、ペンネームが達筆と云われる字で書かれていた。

「ちっ、これが最後の一本だったか」

俺は愛用のハイライトの空箱を握り締めると、さっき灰皿に押し付けた一本を悔やんだ。
しばらく部屋に篭った煙を見つめ、丸めた原稿用紙の海から体を起こす。
近くのコンビニへタバコを買いに行くためだ。



流石に三年もブランクが続くと自分はこの仕事は向いていないんじゃないかとさえ思えてくる。
そんなネガティブ思考のままタバコを買った帰り道、ふと家の近くの公園に眼が行った。

「こんな時間に子供…?」

夜と言うには遅い時間に少年が一人ブランコにいた。
相手の少年は俺に気づいていないのか、ただ俯いている。
俺のタバコの火と煙だけが動いている様に感じた。

どれくらい時間が経ったのか、少年が俺に気づいたのか顔を上げる。
公園と道路を区切るフェンス越しに居る俺と眼が合った。

「早く帰れよ」

眼が合った手前、何も言わずに通り過ぎるのも考え物だ。
俺はその少年を知らないが、一応声を掛けて見る。
暗くて良く見えないが、少年の顔には無数の傷やアザがある様に思えた。

「家出か?」

俺の問いかけに答えず、視線を落とした少年に脳裏に過ぎった単語を聞いた。
だが、違うらしく少年は首を振る。

「家は、すぐそこ…」

そう呟く様に言った少年は、俺の住むアパートを指差す。

「じゃあ、何故帰んない」
「……帰れない」

何だコイツ、家庭環境が複雑なのか?

「…………」
「…………」

まぁ、俺も原稿の締め切りで他人の世話まで焼く余裕は……
何だ、この何かを訴える眼は……。
やめろよその眼、俺は自分の事で精一杯なんだよ!

「……来るか?」
「………!!」

捨て犬みたいな眼差しに根負けした俺は、茶ぐらいなら良いかと思って声を掛ける。
その俺の言葉に少年は、嬉しいのか恥ずかしいのかよく解らない表情で首を縦に振った。


これが、俺がアイツと初めて言葉を交わした時であった。



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