TIME LIMIT


「さーってと。さっさとメシのしたくでもするか。お? 梗はどこに行った? 洗濯物たたませようと思ったのに」

部屋にある時計を見ると、多少の誤差はあるが四時をさしている。
さっきまでソファの上でくつろいでいた梗はいなくなり、クッションだけがそこにはある。

「涼、料理できるん? ワイ、手伝うで? こう見えても器用なんよ」

ベランダの窓を閉め、涼に続く。ジロジロとトキを見る涼。料理が出来るとはとても思えない。そもそも何故、家の中までその恰好なのか。

「手伝うのはいいけど、せめてそのシルクハットと傘をどうにかしろよ。部屋の中だぞ」

涼は溜息をつく。だが、トキはびっくりしたかのように目を見開き、首を横に振った。

「いやや! ワイ、これがないと特徴がなくなってしまうんや。だから絶対にいやや」

別にシルクハットがなくても特徴はなくならないと思うが。涼はそう思ったが、めんどくさかったので声には出さなかった。
エプロンをつけた涼は何も言わずに冷蔵庫を開けた。

「何作るん?」

失礼な事に人の冷蔵庫の中を勝手に覗きこむトキ。傘は持ったままだ。
涼は、たまねぎと肉を取り出し、次はキッチンの下からなべを取り出す。

「カレー。めんどくさいからお手ごろに」
「そんなことゆうて、カレーしか作れんのやないの?」

ヘラリと笑うトキ。涼はトキを見て、コンロのうえに出しっぱなしになっていたフライパンを手にとった。

「これでぶったたいてやろか?」

にっこりと笑い、フライパンを高く掲げる。トキは当たり前だが、ブンブンと首を凄い勢いで横に振った。涼はそれを見てフライパンを仕舞う。

「じゃ、二度とバカなことは言うなよ。俺はカレー以外も作れる。父さんと母さんがいないときは俺が作ってるんだからもう立派なコックだよ」

涼はそう言いながらテキパキと野菜を切る。トキはポカンと口をあけ、それを見ている。何か手伝いたいが、何も手伝うことが無いためか、トキはただその場に突っ立っていた。

「おい、お前邪魔」
「あ、すんまへん」

冷蔵庫の前立っていたトキに邪魔だと告げる。暫く何かを考えているようにも見えたが、トキは何もやることがなさそうなのでキッチンから出た。 そんな時、何か凄い音がし、家が揺れた。

「うわっ!? 何だ地震か!!?」

一瞬の大きな揺れ。涼の手から持っていたレタスが落ちた。ドタバタと階段を上がってくる音がし、梗がリビングに飛び込んできた。息は切れ、汗が滲んでる。

「どうしよう! 俺、庭に穴あけちゃった!」
「はぁあ!!?」

焦る梗。意味がわからないと、涼は声をあげた。何があったのかわからないが、三人はすぐさま庭へと急ぐ。

「うわぁ……」

涼の声。庭に出てみると、確かに梗の言うとおり、綺麗に芝で埋め尽くされた庭の中央にデカイ穴が開いている。 まるで小さな隕石でも落ちたのか、ミサイルでも落ちたのか。涼は口をあんぐりと開け、その場に立ち尽くした。梗は「どうしよう、どうしよう」と焦っている。

「……お前、一体なにやった?」

涼は梗を見る。トキは穴の前で何かを考え込んでいる。

「どうしよう、どうしよう。俺、父さんに怒られる!」

梗はパニックを起こしていた。涼はそんな梗の肩をガッと掴んだ。

「梗、落ち着け! 何があったのか話せ。ゆっくりでいいから、何があったんだ?」

梗は涼を見て、何度か深呼吸をし、自分を落ち着かせた。涼はもう一度穴を見で、穴の中央に目まし時計があることに気付く。 何故こんなところに目覚まし時計があるのかわからない。しかも、見た感じでは壊れている。

「えっと、俺。自分の部屋にいたんだ。それで、ほら、俺と涼の部屋って襖で繋がってるだろ? 何か涼の目覚ましがなったから止めようと思ったら、 そしたら凄い勢いで、時計の針が回りだして。で、時計を手にとったらどっかからあと五秒とかって聞こえたから、怖くなって時計を庭に投げたんだ。 そしたら、爆発して……。芝が……。あぁぁあ、父さんに怒られる!」

梗はパニックになっていた。涼はもう一度穴の中を見る。 どうやらさっきのは気のせいではなく、本当に目覚まし時計がある。涼の愛用の目覚し時計。 とりあえず近所の人が皆で払っているのか、誰も外に出てこないのは涼にとって救いであるが、新しい目覚し時計を買わなければいけないのは正直キツイ。 中学生の懐はそんなにあたたかいものではない。

「あれ?」

誰も出てきていないはずなのに。 どこからか視線を感じた。涼は自分の背後をキョロキョロと見渡す。何もない。少し目を上にあげると、近くのマンションが見える。

「どないしたん?」

トキが不思議そうな顔で涼を見た。

「いや、何か見られている気がしたけど、気のせいだな。良かった、誰もいなくて。とりあえず穴のことは置いておいて飯のしたくしなきゃ」

涼はそう言ってさっさと家の中に入る。謎の穴や謎の視線より、今日の晩御飯だ。 変にいじらない方がいい。変にいじって、これ以上芝生をおかしな感じにもしたくない。 梗も落ち着きを取り戻し、それに続いた。トキは暫く穴の近くで何かを考えていたみたいだが。最後には、穴だけが庭に残された。



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