TIME LIMIT


「お前の兄ちゃんって面白いよな」

理科室が開き、梗たちは班に別れて、実験で使うのかガスバーナーやらビーカーを用意していた。

「突然だな。そりゃー、涼は変な奴だけどさ」
「そこが面白いんだよ。俺もあんな兄ちゃん欲しい」

梗は、そう言われて苦笑しながらガスバーナーを置いた。褒められているのか、貶されているのかまったくわからない。
梗は、先に座っているナマイキそうな顔のクラスメイト、今井の隣に座った。

「君たちも準備を手伝ってくれよ」

とつぜんに響く怒鳴り声。声の方を見ると、クラスメイトのメガネの委員長。森川が仁王立ちで立っている。

「ガスバーナー用意しただろ。俺、昨日休んでたから何用意するのか知らないよ。後は森川に任せたよ」

にっこりと笑う梗。森川はあんぐりと口を開け、思わず持っていたビーカーを落としそうになった。
サボるということを知らない森川は、ずれたメガネを直した。

「今井くんは昨日いただろ。手伝ってくれよ」

森川は、梗の隣で頬付けをつき、大あくびをしている今井を見た。

「俺、昨日寝てたから授業聞いてない。森川に任せる」

明らかにやる気のない今井。どうやら森川は瞬時に悟ったようだ。

「わかったよ。用意はするから、片付けはやってくれよ」

森川は溜息をつき、少し怒り気味で他の道具を取りに行く。
梗と今井が小さくガッツポーズしたのはしるよしもない。森川は一人で淡々と準備をするだけだ。

「さて、準備は整った。実験を始めるよ。今井くん、ガスバーナーに火をつけてくれ」

全てのセッティングが終わり、森川が言い放つ。三人はイスを机の中にしまい、立ち上がる。
実験中は何があるかわからないので、立ってやるのが決まりだ。

「よし、まかせろ」

今井は急にやる気を出し、森川が持ってきたマッチを手にとる。
他の班を見ると、まだどこも火をつけてはいない。森川は、ちゃんとガスバーナーが、ガス線に繋がっているか確認する。

「おっし、行くぞ!」

マッチを取り出し、気合をいれる今井。何だかまわりが少し騒がしい。

「うわぁぁぁあ!!?」
「おい、落ち着け!! 早くそこから離れるんだ!!」

火をつけようとしたとき、出口付近の席から叫び声があがった。そのあと直ぐに聞こえた先生の声。
火をつけるのをやめ、その席に目をやると、大きな炎がゆらめいている。

「え、何があったの?」

状況がまったくわからずに困惑する梗。先生が消火器を探しているが、消火器は運悪く、炎の向こうがわだ。取りに行くことは出来ない。
水をかけてみるが、炎の勢いが強く、無意味になっている。

「ご、ごめんなさい! 私が、マッチを落としたから!」

しゃくりあげる女子。聞こえた話しによれば、どうやら彼女が火をつけたマッチを机の上に落としてしまい、 それがノートに燃え移り、他の生徒のノートや教科書にも火が移り、さらにはその火が、理科室の机に燃え移り、イスに燃え移りで大きくなっていった。
理科室の机とイスは木で出来ていた。物凄い偶然が重なった事故だ。

「くそっ。消火器はだめ。水もだめか……。あの大きさじゃ、布でも隠せない。だからはやく理科室を立て直せと言っていたんだ! 皆! 体勢を低く! 煙を吸い込むなよ!」

先生の声が木霊した。




涼は、山田からパスされたバスケットボールをゴールに向かって投げていた。気持ちいいくらいにスポっとゴールが決まった。

「よっしゃ!」

涼は、ガッツポーズをし、山田とハイタッチする。
得点版を見ると、敵チームとはかなり点差が開いている。

「やっべ。チームわけ、間違えたかな」

色黒のクラスメイト、北村が小さく呟いた。体育係りの北村が、偏らないようにチームを作っていたのに、現実はこれだ。

「よっしゃ! もういっちょ行くぜ!」

再び試合が始まろうとしたとき、放送が入った。
先生が、涼たちを静かにさせ、試合は一時中断した。

「火災発生、火災発生。第一理科室から火災発生! 生徒たちは先生の指示に従い、校庭に集まるように! これは避難訓練ではないぞ!」

繰り返される放送。相変わらず乱暴だ。ざわつく生徒達。
中には放送を信じていないものもいる。だが、今日避難訓練をするということは知らされていない。

「火災……火事ィ!? うわっ! 本当だ! 窓から見える!!」

宮本がパニックに陥ったのか騒ぎ出す。窓から見える黒い煙が、これが避難訓練ではないということを物語っている。
生徒達の中に緊張が走る。中には、先生をじっと見るものもいる。涼の頭には何かがひっかかっていた。

「皆! いつもの避難訓練を思い出せ。校庭へ急ぐぞ!」

先生がそう叫び、頷く生徒たち。次々と、体育館から外へ出る。
ふいに浮かぶ梗の顔。そうだ、体育館に来る前にすれ違った。

「梗!」

涼はいつの間にか、校庭ではなく、理科室へと走り出していた。
理科室には梗がいる。そう思うといてもたってもいられなくなった。

「おい、鈴木! どこに行く!!」

先生の叫び声。だが、むなしいかな、涼は止まらない。
山田と宮本が何かに気付いたのか、お互い顔を見合わせ、頷く。

「俺たちが連れ戻してくる!!」
「おい、お前達!!」

涼の後を追う山田と宮本。走り出した二人にも先生の止める声は届かなかった。



  BACK |モドル| >>NEXT