TIME LIMIT


梗は、ポカンとした表情でトキを見ていた。

「なんや? どないしたん?」

トキは梗を見た。先ほど、火傷を負ったはずの背中は何事も無かったように治っている。今井も、森川も、全ての人が突然現れたトキを見ている。
トキは隅の方に固まっている生徒を庇っている先生を見た。

「あんたはん、先生やろ? なら、早く生徒つれて逃げ。こっちの三人はワイに任せたらええよ」

にっこりと笑うトキ。先生はトキを見て、出入り口を見る。お前はどこから来たんだ、とでもいいたそうな先生の目。
出入り口は絶望的だ。炎でふさがれ、人が出たり入ったりするのを拒んでいる。

「出入り口は炎でふさがっている。助けを待った方がいい」

生徒たちを背で庇い、答える。煙も充満している理科室。咳き込んでいるのは森川だけではない。そう、ここにも長くいられない。 いずれここにも火は回ってくる。トキも出入り口を見て、何かを思いついたのか、フフンと得意げに笑った。

「よっしゃ! ワイが道を作ったる! どんと任しとき」

胸を叩く。顔は自信に満ち溢れ、トキは手に持っている黒い傘を開き、出入り口に向けた。

「リピート」

トキがそう呟いた瞬間、梗たちは自分の目を疑った。トキが立っている場所から、入り口までの炎が消えた。
さらに、トキは先生たちがいる場所にも同じことをした。傘の大きさだが、真っ直ぐな道が出来た。まるで、そこだけ火事が起きる前の理科室に戻ったかのようである。

「ほら、何やっとるん? これはあくまで戻るや! また炎はやってくるで!」

トキのその言葉で全員がはっとし、出入り口を見る。

「そうか。リピート。音楽用語で、初めに戻るだ。皆、ついて来い!」

道に最初に立ったのは先生だ。先生が歩き出すと、生徒たちも安心したのか、ついていく。
怪我した生徒に肩を貸す者もいれば、涙を拭う者もいる。

「森川、今井。俺たちも行くぞ」

梗は、二人を無理やり立たせ、道を歩き始める。急ぎ足で出入り口へと向かう。最後をトキが歩く。
先頭集団が外に出たのだろうか、歓声が聞こえた。全員が理科室の外で出た時、理科室は再び炎に包まれた。




消防士の人が中に突入しようとした時、次々と生徒達が出てきた。正直、誰もが驚いた光景であったが、無事であることを喜ばない人間はいない。
何人かの生徒達はすぐに保健室に連れて行かれた。

「梗! 無事だったのか! って、何でトキがいるんだよ?」

涼の目に入ったのは、無事な梗とトキの姿。二人とも怪我はしていないが、何故トキがここにいるかが謎である。
消防士たちは、消火活動をしているが中々火が消えずに悪戦苦闘している。

「何や、涼。梗や皆を助けた奴にいうセリフちゃうで。まずはお礼とか、お疲れ様とかやないの?」
「お前の顔を見ると文句言いたくなるんだ。それより、大丈夫か、梗」

涼は梗を見る。涼にぴしゃりとそう言われてしまったトキは、いじけてしまい一人でブツブツ何か言っているが気にしなかった。
「うん。俺は平気だけど、森川が。俺、森川の所行って来る」

保健室に向かった面々に森川がいた。梗は、涼にそう言うと、今井とともに保健室へと急ぐ。 火はやっとの思いで消えたが理科室はすっかりコゲてしまい、跡形もなくなっていた。涼が、トキの方を見ると、トキはいつの間にかいなくなっていた。
学校は休校になった。理科室には近づけないように、黄色いテープが張られた。何人か上級生たちが噂を聞きつけ見に来たが、怒られた。
昨日に引き続き、給食を食べてからの休校。涼にとっては給食さえ食べられれば何でもよかった。
理科室が火事になって大変なのはわかるが、正直なところ午後の授業の英語と数学がつぶれて嬉しかったが、夏休みに振り返るという話をきき、げんなりと肩を落とした。


「あれ? 山田たち、どこ行ったんだ?」

給食も食べ、ホームルームも終わった。帰りの準備をしているときだ。
山田と宮本の姿が見えない。先に帰ってしまったのだろうか。これだから集団下校はめんどくさいのだ。

「あ、大木。山田たち知らね?」

涼は、ちょうど帰る所であった幼馴染の大木咲子に問う。

幼稚園から一緒だが、丁目が違うため、帰り道は違う。大木は立ち止まり、涼を見る。

「知らない。あんた、いい加減に幸太に会ってあげなよ。寂しがってるよ」

渋い顔をする涼。涼は、鞄を肩にかけ、何も言わずに教室を後にした。



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