シャウラ


「黙秘権? それでもいいよ。妹のミザルが知っているかもしれないしね」
「お、オリオン! それ、どうゆうことだよ?」

俺は何だか訳がわからなくなった。アルコルが村に来たって……。
何でそうなっちゃうんだ? 絵は二枚で、姉ちゃんが頼んだ絵は一枚だけ……? あれ、待てよ? もしかして?

「記憶っていうのは曖昧なものでね。人はそれほどたくさんのことを覚えていられない。 だから、心に強く残った記憶がいつでも思い出せる所にある。大人たちが働かないようになったのは、 あの出口の絵のせいだよ。ほら、シャウラの絵が描かれてあった。彼はは言っていた。 子供が一枚の絵を置いていった。アルコルがこの村に来たのは偶然かもしれない。 シャムに頼まれた時は絵がもう一枚あることを知っていたんだ。同じペンで描いた絵がもう一枚あるって。 それで、絵の中にとんがり屋根の小屋を立て、鍵をかけ、そこにもう一枚の絵の中に絵を隠した。 大人たちを閉じ込めるだけなら、絵は一枚でいいはず。楽園の絵だけでいいはず。 だけど、絵は二枚あってそれにはシャウラの村が描かれている。絵の中に絵を隠したのは、 絵はもう一枚あることを内緒にするため。大人たちがおかしくなったのは、絵に魅せられたからかな」

オリオンは得意げだった。オリオンは凄い。素直にそう思った。まるで、探偵みたいだ。
出会ってからそんなに時間はたってないけど、オリオンが凄いってことだけはわかる。
だって、この村のこととか殆ど知らないのにここまで推理してしまうなんて。

「さすがだね、オリオン。やっぱり君は只者じゃないね。確かに僕はシャムに出会う前にこの村に来たことがある。 それで、村の絵を描いたら絵に魅せられた大人たちに絵を譲って欲しいと言われたんだ。 もちろん、どんなふうになるかはなんとなくわかっていた。 さすがに、シャムに頼まれた時は驚いたけどね。あぁ、あの村かって」

アルコルはまた鼻で笑った。きっと、大人たちをバカにしたんだろう。
一々ムカツク奴だけど、俺はわかったよ。確かに姉ちゃんの言うとおり、大人たちはある日突然働くのをやめた。
酒ばかり飲んで、姉ちゃんは毎日働くようになった。俺たちはいつも飢えていた。
でも、俺は信じていたんだ。きっと前みたいに戻るって。そう思っていたら大人たちは急に消えた。大きい子たちは皆喜んでいた。
大人たちのかわりに働いていたから。そうか、父さんたちは、この人の描いた絵でおかしくなったんだね。

「さぁ、魔力を返して貰おうか」

オリオンがそう凄むと、アルコルは奇妙に笑った。

「この魔力は二人にかわって僕が有効活用してあげるよ」

何て奴なんだ! きっと、二人が今どんなふうになっているかも知っているのに、平然としていやがる。
こんなに嫌な奴がこの世にいたなんて!
  木々たちが急に、ざわざわとざわめき始めた。さっきのざわめきとはまるで違う。
風なんか吹いていないのに、まるで怒っているようだ。

「返せよ……」

オリオンがボソっと呟いた。俺にはわかる。
隣にいるからか、顔を見なくたってわかるよ。オリオンは怒っている。

「何か言ったかい?」

アルコルがからかうように笑う。アルコルの余裕は一体どこからくるんだろう。
年上だから? それとも、自分を太陽だと思っているから?

「返せって言ってるんだよ!!」

ぶわっと、飛ばされてしまいそうな強風が吹いた。何だかオリオンを中心に嵐が起こっているみたいだ。
姉ちゃんと俺は飛ばされないように必死で、その場にしゃがみこんだ。いつの間にか風に木の葉が舞っている。

「まさか……この感じ……、いや、まさか! だって、太陽は……オリオンが太陽なはずがない!」

アルコルの困惑した叫びと、木々たちのざわめき。木々たちは、自然はオリオンの怒りに反応しているのか?

「……あ」

ふと、瓶に目を向けると、瓶につるが巻きついている。
つるは瓶をひっぱり、アルコルは取られないように必死だ。
だけど、つるは一気にぐいっと引っ張り、瓶はアルコルの手からすっぽ抜けた。つるはそのまま瓶を床に落とし、瓶を割った。
瓶が割れると、中に入っていた光は、一直線に雲の下へと吸い込まれていった。

「うわっ……」

落ち着いて観察している場合ではない。風に吹き飛ばされ、俺も姉ちゃんもしゃがんでいるのに、飛ばされそうになった。
オリオンは一体どうしちゃったんだ?

「オリオン、暴走を止めなさい」

急に、優しい男の人の声がした。いつの間に現れたのか、オリオンの後ろに四人の男の人がいる。
オリオンがゆっくりと後ろを振り向いた時、風は止み、アルコルは舌打ちした。

「ペガサス座」

オリオンがそう呟くのが聞こえた。木々たちのざわめきはおさまった。
そういえば、家を出るときペガサス座がどうのとか言ってた気がする。



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