シャウラ


町まで大体走って三十分。歩くともっとかかる。町に来たときには、息があがり汗をかいていた。
皆、裕福だから高そうな服を着ているし、お店で賑わっている。たくさんの大人がいて、俺の村とは大違い。
人も多くて、中にはみすぼらしい俺をジロジロみてくる女の人もいる。確かに俺の服はボロいし、髪だってボサボサ。 こんなの不公平じゃないか?

「おじさん、この肉をおくれ」

俺はさっきスッたサイフから紙のお金を出した。本当に色々な肉がある。
トリやブタがまるごと置いてある所もある。何かちょっと気持ち悪いけど。

「お、ボウズ。お金はちゃんとあるのか?」

肉屋のふとっちょなおじさんが俺のナリを見て笑う。こういうのは本当に腹が立つ。

「あるよ。ほら」

サイフをポケットに押し込み、紙のお金を見せる。

「だから早くこの肉をくれよ」

もちろん、丸ごとじゃなくて切れている肉。早く帰らないと、もしかしたらこのサイフの持ち主に見つかるかもしれないな。

「それ、本当にお前の金か?」

おじさんは不信な目で俺を見る。こんなみすぼらしい子が大金を持っているなんて何かの間違いだという目で。
ちくしょう、この肉屋はダメだ。

「わかったよ、もう他を当たるよ!」

俺は出来るだけ自然に肉屋を離れた。チラリと横目で見たけど、まだ不信そうな目で俺のことを見ている。
せっかく、小さい子たちに肉を食べさせてやれると思ったのに。
一度村に帰らないほうが良かったか? いや、帰らないほうが見つかるリスクが高いな。

「ちぇ、最悪だぜ」

俺はその辺に転がっていた石を蹴飛ばした。
転がっていった石を目で追うと……け、警察がいる!? 警察の隣にいるのは俺がサイフをスッたじいさんじゃないか! 
あの立派な口ひげはそうに違いない。何てタイミングが悪いんだ。まだここを離れていなかったのか。 じいさんは警官に何かを説明している。
って、こっちを見た! もしかして、気づかれた!? うわっ!こっちに来るよ! 俺はサイフをさらに押し込み、思わず後ずさりした。

「君、確かさっきもいた子だよね? 私の財布を知らないかい?」
「し、知りません」

まだ俺が取ったってのはバレてないみたいだな。だから普通に答えようと思ったのに、声が裏返った。
心臓ばバクバク煩いし、冷や汗が出る。警官たちは何かを話しているし、きっと今ので不信に思われたんだろう。

「ちょっと、君。話を聞かせてくれないかい?」

警官の手が俺に伸びてきた。俺は反射的にその手を振り払い、一目散に逃げ出した。

「お、おい! 君!」
「おまわりさん! あれ、私の財布です! ほら、あのポケットからちょっと見ているの。あれ、私の財布です!」

バレた。じいさんの言葉で完璧にバレた。どうして、金持ちって奴は縦長のサイフなんだろうか。
ポケットに入りきらないし、どうして俺はサイフを持ってきてしまったのだろうか。とにかく今は逃げるしかない。

「君、待ちなさい!!」

警官がしつこく追っかけてくる。くそっ! 金持ちなんだからサイフの一つや二つ、貧乏人にくれてやれよ!

「誰かその子を捕まえてくれ!」

今度はじいさん。俺は人の脇を縫うようにして走った。これでも、足には自信がある。伊達に三十分も走ってないぜ。
よし、あの建物の角を曲がって一旦隠れよう。

「うわっ!?」
「いてっ!」

 角を曲がった瞬間、誰かとぶつかった。

「いってぇ……、お前、ちゃんと前みて歩け!!」

俺とぶつかった奴は、俺と同い年くらいで、何か不思議なオーラをもつ奴だった。

「なるほど。君が、その子ね」

そいつは納得するようにそう言い、俺のポケットから朝やかな手つきでサイフを抜き取った。

「なっ! お前、何するんだ!」
「静かに。おまわりさーん。お財布、ここに落ちてましたよー」

そいつは俺を奥に押しやり、自分だけメイン通りに出て、サイフを上にあげヒラヒラと振った。

「おぉ! これはまさしく、私の財布!」

俺は何が起こっているのかよく見えなかったけど、じいさんの声が聞こえた。

「少年がどこに行ったかはわかるかい?」
「すみません。俺がここに来た時には財布が落ちていただけなので、誰も見てないです」

暫くそうやって、何かを話していた。そのうちに、足音が遠ざかっていった。

「もう出てきても平気だよ。にしても、お前バカだなー。スリやるなら見つからないようにやれよ」

そいつは俺の方を向いて、ため息をついた。俺は少しムカっときたけど、こいつが正しい。見つかった俺がバカだった。
それにしても、こいつ初めて見る顔だな。ショルダーバックなんか肩にかけて、旅行者か何かか?

「お前、ここいらじゃ見ない顔だけど、旅行者か?」

俺は上から下まで、そいつを観察した。黒い髪に灰色の目。てか、男なのになんで髪長くしてるんだ。

「まあ、旅行者みたいなものかな」

そいつは、うーんと唸り、そう言った。こいつ、特に金目の物は持ってなさそうだな。

「親は? 親はどこにいるんだ?」
「親? 嫌だな。俺一人で来たに決まってんじゃん。 それより、君はここら辺の人だろ? なら子供の楽園って知ってる? 俺、そこを探しているんだ」

そいつはニカっと笑った。一人旅か。俺と同い年くらいなのに、凄いな。
子供の楽園ってのは子供だけの所ってことなのだろうか。もし、それだったら俺の村がまさに子供の楽園だよな。

「それ、もしかしたら俺の村かも」
「本当!? だったら案内してくれよ!」

俺がそう答えると、そいつは楽しそうに目を輝かせた。別に村に連れて行く義理はないけど、さっき助けてもらったしな……。

「いいよ、少し時間かかるけど」

歩いていくからと付け足した。そしたら、そいつはもの凄く嫌そうな顔をした。

「歩いていくならもっといい方法があるよ。っと……あった、あった」

そいつは肩にかけているショルダーバックの中に手を突っ込み、何かを探していた。
その何かは直ぐに見つかったみたいで、それをひっぱりだした時俺は目を疑った。
何で、そんな小さいバックから絨毯が出てくるんだよ!? そんな中に絨毯は入らないだろっ!

「な、何でそんな物が入ってるんだよ!? って、どうやって入ってたんだ!? 圧縮されていたのか……?」
「圧縮って、そんなことしてないよ。このバックは底なしだから何でも入るんだよ」

何が何だかわからない。底なしバックにも、いや、そんなものはあるはずがない。
そいつはバックから取り出した絨毯を広げ、宙に浮かせた。ありえない。そう思ったよ。
でも、今そのありえないことが目の前で起きている。何だかワクワクしてきた。心臓が高まっているのがわかる。

「ほら、乗れよ。案内してくれるんだろ?」

そいつは絨毯に飛び乗り、俺に手を差し出した。
どうしよう、何なんだろうこの感じ。何かが起こる気がする。何か楽しいことが。
正直ちょっと不安だったけど、俺はその手を掴み、絨毯に乗った。この際絨毯がどうして空を飛ぶとかはどうでもいい。

「俺の村はあっち。てか、お前何者だよ!?」

村の方向を指差したあと、そいつの顔を見る。どうしよう、本当に何かが起こりそう。

「俺はオリオン。お前は?」
「俺はシャウラ」
「シャウラか。宜しくな!」

そいつはニカっと笑い、絨毯は真っ直ぐに俺の村へと飛んでいった。  



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