夜の街角


酷い事故があった。私は目撃はしていないけれど、新聞にもそう載っていた。
運転手は突然出てきたと言っていたが、それは誰にもわからない。轢かれた人は死んでしまったから。
学校の子たちは夜の街角の仕業だと言っていた。

「え? あの都市伝説の?」
「そう! だって、おかしいじゃない? 轢かれた子は、きっと……ルールを破ったのよ」

新聞片手にそう語る友達。都市伝説なんて、非現実的すぎる。
でも、もしあったら面白そうよね。ないと思うけど。

「何もおかしくないわよ。だって、夜の街角なんていうのは存在していない。なんだったら、試してみたっていいわ」
「そう? ならやってみてよ。今日の夜。それで、ケータイに連絡頂戴」

私の態度が気に食わなかったのか、友達はムっとした顔をした。
試すくらいなんてことないわよ。だって、そんなものは存在しないんだから。

「いいわよ。そんなのお安い御用よ」

本当にね。何をそんなにビクビクしているんだか。
どうせ、誰かがそこの商店街と間違えたのよ。何だって試してやるわ。




バイトが終わった帰り道、私はさっそく試して見る事にした。
えーと、確か暗い方に進めばいいのよね。そうね、この路地がいいわね。街灯もないし。
私は人と反対に歩き、暗い路地へと向かう。誰も歩いていない暗い路地。急にポケットの中でケータイが鳴り出した。

「ひゃぁ!?」

びっくりして、思わず声をあげちゃった。
マナーモードにしてなかったのね。

「もしもし? あー、まだ。今暗い方に向かって歩いているところ。それでいいんだよね? ううん、特に何も見えないよ。 うんうん、また後でかけなおすね」

もう、びっくりさせないでよ。連絡はこっちからするんじゃなかったの? 
私はケータイを二つに折り、ポケットに押し込んだ。

何だか不思議。この道はよく通るけど、昼と夜とじゃ、こんなにも違うのね。
とりあえずもう少し歩いてみて、何も変らなかったら家に帰ろう。この道、夜は暗いから危ないのよ。
足音が聞こえた。私の後ろから。少しペースを上げて見ると、同じペースで歩いてくる。
そういえば、前に事件がなかったっけ? あったはずよ。通り魔かなにかの。じゃあ、後ろからついてくる人は……?

「ねぇ」
「うわぁあぁあ!?」

 後ろから肩を叩かれ、私は一目散に逃げ出した。
後ろで「ちょっと!」という声が聞こえたような気がするけど、私は走った。とにかく走った。
走ったのにおかしいな。大通りにでない。ずっと暗い所を走っていて、目の前に噴水が見えてきた。

「え?」

どこかの公園? そう思い、私は足を踏み入れる。
キョロキョロと周りを見渡すと真っ直ぐ伸びた道の両脇にたくさんのお店が並んでいる。
おかしいな。どこかの商店街のような気もするけど、うちの商店街に噴水なんてない。

「ようこそ、夜の街角へ」

ふいに声が聞こえた。声のした方を見ると、この闇には不釣合いな白い男の子が立っていた。
あれ? 今、この子は何て言った……?

「ここでのルールを説明いたします。1つ、名前を言わないこと。 2つ、その場で代金を払うこと、3つ、返品はしないこと、4つ、買う前に物に触れないこと、 5つ、嘘をつかないこと。この5つのルールを守り、お買い物をお楽しみください。 ところで、僕はスーと申しますが、貴方のお名前はなんですか?」
「え? 私?   だよ?」

あれ? 何だろう。よく聞き取れなかった。
本当にここはあの夜の街角なの? そうだ。友達に連絡しないと。

「ここは圏外ですよ、お客様」

私がケータイをポケットから取り出すと、カッコいい男の人の声がした。
顔を見上げると男の子の隣に背の高いカッコいい男の人。手にピンク色の光を持っているけど、何だろう。キレイだな。

「そうなんですか? えっと、帰るのにはどうすれば?」

とりあえず速く電波のある場所に行って連絡しないと。本当に夜の街角ってあったのね。

「それならば、スー。彼女を送ってあげなさい」
「わかりました。グレイスさん」

え? 送ってくれるの? でも、どうせ送ってくれるならカッコいい男の人が良かったな。

「では、   さん。こちらです」
「あ、はい」

おかしいな。また聞こえなかった。まぁ、いいや。
私は特に気にせず男の子の後を追った。この子、白いから良く分かるね。

「あ! 3本たった!」

暫く闇が続き、私はやっと電波を見つけた。私はさっそく電話をかけた。

「あ、もしもし? 私。あったよ。夜の街角。え? さっき、おどかしたのってあんただったのー? びっくりしちゃったよ。 あ、ごめん。よく聞こえない」
「では、僕はこれにて失礼致します。自分の立っている場所にくれぐれもご用心を。闇はもうすぐ消えますよ」

男の子が何か言った。だけど、私は電話に夢中で「ありがとねー」と適当に流した。

「え? ごめん。よく聞こえない。あ、そっか。家、あのへんだっけ? あれ? ごめん。私、今誰と話してるんだっけ?」

あれ? おかしいな。何だかどんどん忘れていく。
何だか物凄く煩い。嫌だな、眩しい。私は、ケータイを落とし、手で光を遮った。

「危ない!!!」

どこかでその声を聞いた瞬間、全身に痛みが走り、私は宙を舞った。
あれ? 私は誰だっけ? 私はどうして飛んでいるの?

「さよなら、ケリーさん」

何もわからなくなる中、白い男の子がそう言ったのを聞いた。
その直後、全てが闇に包まれた。




ケリーさんは、トラックに轢かれた。電話なんかして、僕の話を聞かないからだ。
そもそもルールを破った時点で、ケリーさんはグレイスさんの物になり、ケリーさんは存在しなくなる。
あのピンクの光をグレイスさんが奪ったから。まず、自分が誰だか忘れ、回りも忘れる。
最終的にその人の存在は跡形もなく消える。轢かれた人が誰かさえわからなくなる。それが名前屋に名前を取られた人の運命。

「お疲れ様、スー」

僕は、ケリーさんの最期を見届け、夜の街角へ戻った。
夜は嫌いだ。目が利かないから。グレイスさんは、にっこり笑うけど、ここから出られるのは案内人の僕だけ。
でも、僕は友達のためにここにいる。決して、ここの住人のようにはなったりしない。



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