夜の街角


奥様に言われて、夜の街角に記憶をなくすチョコレートを買いにきた。何故だか、皆僕の事を知っていた。

「知っているも何も、チャーリーは前に来たことあるのよ。にしてもあの人はまた……」

お菓子屋の店員、クッキーさんがブツブツと何かを言った。って、このチョコレート、こんなにお金がかかるのか。
どうしよう、お金が足りない。

「いいわよ、大丈夫。スーに頼むから。エクレア店長と話しをつけてくるね」

クッキーさんは僕にそう、ウィンクをした。
クッキーさんの話しはよくわからないけど、お金が足りなくても平気そう?

「あ、ありがとうございます!」

僕はクッキーさんにお礼を言い、夜の街角を後にした。
正直な所、奥様がどうしてこんなものを欲しがっているのかよくわからない。
奥様はとても裕福で、道で倒れていた僕を拾ってくれた。僕に昔の記憶がないのを知って、 名前をくれて、酷い目にあったのねと優しくしてくれた。
だけど、そんな奥様にも悪い噂はある。にしても、このチョコレート。ビンに入ったチョコレート。
ふたなんて開けてないのに、甘い匂いがここまで漂ってくる。思わずビンのふたを開けて食べたくなる。

「食べちゃえばいいんだよ」

ふいに聞こえた知らない人の声。ここは奥様の屋敷の中。
声の方を見ると、白い男の子が立っていた。どうやって入って来たんだろう。

「え、君……どこから?」
「初めまして、チャーリー。僕はスー。夜の街角の案内人さ。夫人はいるかな?」
「え? 奥様?」

あれ? そう言えばさっき、クッキーさんがスーがどうのって。この子がそうなのかな。
多分、この時間奥様は息子のアーサー様と一緒にお出かけをしているはずだ。奥様は可哀想な人なんだ。旦那様を亡くされて。

「留守? だったら夜の街角から使いが来たって伝えといて」

スーと名乗った白い男の子はそう言って闇に消えた。
奥様は、このチョコレートを一体誰に食べさせるつもりなんだろう。
どうして皆、夜の街角の人は僕のことを知っているんだろう。僕はチョコレートが気になって仕方がなかった。
買ってきたら、キッチンに置いておいてって言われたけど、僕は自分の部屋へ持って来ていた。

「あ。ラベルに何か書いてある」

僕はビンの裏側に貼ってあるラベルを読んだ。
記憶をなくすチョコレート、13個入り。副作用として、一度食べたことある人は、全ての記憶がよみがえりますと書いてある。
甘い匂いが鼻につく。僕の記憶がないのはどうしてなんだろう。

「ただいま」

奥様の声だ。帰って来たんだ。こうなったら奥様に聞くのが一番早い。
僕は急ぎ、奥様のもとに向かう。

「奥様、チョコレート買ってきました。奥様、それで夜の街角の人が僕の事を知っていたんです。 あ、アーサー様もお帰りなさい。もし、僕の事で何か知っていたら教えてください。 奥様は、このチョコレート一体誰に使うんですか?」

同じ金髪の奥様とアーサー様。僕も同じ金髪。使用人のくせに。

「君は知らなくていいんだよ、チャーリー。それより、エリザの相手をしてやってくれないか?」

奥様の代わりにアーサー様が答えた。アーサー様には10歳下の妹がいる。僕より年下のエリザベート様。
旦那様が亡くなってから部屋から出なくなってしまった。
使用人の僕は、逆らえないからチョコレートを奥様に渡し、エリザベート様の部屋へと向かった。
何だか泣き声がする。急いでエリザベート様の部屋へ行くと、エリザベート様は鳥籠の前でワンワン泣いていた。 鳥籠の中には動かなくなった色鮮やかな鳥。死んでしまったのだろうか。

「エリザベート様、埋めてあげないと可哀想ですよ」

僕がそう声をかけても、泣き続けている。僕は、鳥籠からそっと鳥を取りだし、裏庭へと向かった。
暗い中、裏庭のある場所をスコップで掘る。大きな木の根元。掘り進んでいくと、カチンと何かにぶつかった。
何だろうと思い、取り出してみる。僕はそれを見て驚き、思わずそれを放り投げ、しりもちをついた。

「どうして人の骨がこんなところにあるんだろうね」

ふいに聞こえてきた笑い声。僕の前にさっきの白い男の子が立っている。
男の子はしゃがみ、僕が掘った穴からあるものを取りだした。

「ほら、こんなものまであるよ」
「あ! それは……」

男の子が持っている腕時計。金の腕時計。
写真でしか見たことないけど、旦那様がつけているやつだ。え、じゃあ、この骨の人は……。 もしかして、奥様達は何か隠しているのかな。そうだ。いつもアーサー様と2人でいるし、コソコソしている。

「食べてみればいいんだよ。チョコレート。 どうせ、失いたくない記憶なんてないだろ? あるならまた食べればいい。ほら、手を出して。これを君にあげるよ」

スーくんだっけ? スーくんは、僕の手にチョコレートを押しつけた。甘い匂いが僕に食べろと言っている。
ついに、僕は……我慢が出来るにチョコレートを口の中に入れた。
じんわりと甘さが口の中で広がる。それと同時に頭の中に何かが入ってくる。
大量の情報。若い男と年上の女が何か話している。次第に場面は変わり、年上の女の人はベッドに居て、腕に金髪の赤ちゃんを抱いている。
隣には若い男の人。どことなく、奥様とアーサー様に似ている気がする。

「うふふ、まさか貴方との間に子供が出来るなんてね」
「嬉しいよ、母さん。僕は母さんを一生愛す。もちろん、チャールズもね」

幸せそうに笑い、2人はキスをした。これは、一体何? これは現実? あれは、似ているんじゃなくて、奥様とアーサー様。
2人は親子じゃないか。こんなのおかしい。それに、あのチャールズって子は……。
また、場面が変わった。男の人……旦那様だ! あの腕時計をしているし、写真とそっくりだ。
何か怒鳴っている。あれ? アーサー様の後ろにいる子供、僕にそっくりだ。エリザベート様もいる。

「お前達のせいだ! ずっと俺を騙してきたのか! これが世間にバレたらお終いだ。お前達のせいだ! そんな子供、殺してやる!!」

激情している旦那様。旦那様は、怯える僕にそっくりな子供に襲いかかった。
けど、それはアーサー様によって叶わなかった。アーサー様は、旦那様を包丁で刺した。
泣き続けるエリザベート様、倒れる旦那様。あぁ、そうか。あの子供は僕だ。

「母さん、母さんは夜の街角にチャールズを連れて行って。父さんの死体は僕がどうにかする。きっと何か手があるはずだ」

アーサー様は、奥様ごと僕を抱きしめた。
あぁ、そうか。僕はこうしてチョコレートを食べさせられたんだ。僕の中で、何かが音を立てて崩れて行く。壊れて行く。

「思いだしたみたいだね」

スーくんの声。思いだしたよ、僕は何て汚らわしい存在なんだ。
僕のせいで旦那様は死に、エリザベート様は壊れた。もしかしたら、エリザベート様もチョコレートを食べたのかも。
何食わぬ顔で過ごしているあの2人が憎い。僕を拾い、僕の傍にいるあの2人が憎い。
そう、僕の名前はチャールズ。近親相姦の末に生れた汚れた子。母親は淫乱の奥様で、父親は人殺しのアーサー様。
僕の中で膨れ上がって行く感情。あの2人は禁忌を犯した。
僕は、キッチンから包丁を持ってきて、奥様の寝室へと向かった。
その後をスーくんがついてきたけど、気にしない。僕を生み出したこと、旦那様を殺したこと、エリザベート様を壊したこと。 それをやらかした2人に天罰を。

「チャーリー! そんなものを持ってどうするつもりだ!」

ゆっくりとベッドに近づく僕に問うアーサー様。裸で抱き合う2人。
奥様が何か言っているが、僕の耳には届かない。僕は、ゆっくりと包丁を振り上げた。
2人とも、何か喚いているけど何だかよくわからない。包丁を振りおろすと、グチャっという音がして、血が飛び散った。 何度も何度も包丁を振りおろし、2人は汚い塊になった。




随分と派手にやったものだ。まぁ、でもしょうがない。あの人は2回分の代金をその場で支払わなかった。
1回目はエクレアさんも少し待ってみようと言ったが、2回目となると流石のエクレアさんも怒ったようだ。 だから、こうして僕が代金を取りに来たのだ。
ちゃんとルールを説明しているのに、どうして破るのかな。だからこんなことになるんだ。
可哀想なのはチャーリーだよ。もう1人の娘には罪がないからどうにかなるけど。

「ねぇ、チャーリー。僕と一緒に来るかい?」

僕はベッドの前に佇む赤い少年に手を差し伸べた。チャーリーは僕の手を掴んだ。
僕が、可哀想なチャーリーにしてあげられるのはこれくらい。こうして、僕はチャーリーと共に闇に消えた。
もうすぐだ。もうすぐ、足を買えるよ。



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