夜の街角


好きな子がいた。だけど、俺は大変なことをした。
アイリーンの好みは、笑顔のステキな人。俺は、短気で、いつも怒っている。こんなんじゃ、絶対にアイリーンには好かれない。
そこで、夜の街角の噂を聞き、俺は行ったんだ。笑顔の秘訣がないかと。ルールはちゃんとわかっていたはずなのに。

「いらっしゃいませ」

カランコロンという音とともに、俺は魔法屋に入った。初めての夜の街角。その中でも異質な店。
レジの方からアイリーンの声が聞こえ、俺は顔をあげた。

「あれ? アイリーン?」

そこに立っているアイリーン。ここにいないはずのアイリーン。アイリーンはにこっと笑った。

「僕の名前はマジクと申します。アイリーンという方があなたの大切な方なのですね。 僕の姿は、この世で一番大切な人の姿に見えるのです」

マジクと名乗ったアイリーン。そうか、この子はアイリーンじゃないのか。
俺はこの子を話して、笑顔の仮面を買った。代金も全部支払った。
俺はさっそく家に帰って仮面をつけた。仮面には説明書がついていたけど、俺はそれを無視した。はやく笑顔になりたかったんだ。
明日、俺はアイリーンに告白する。
朝、俺は意気揚々と家を出て、学校へと向かう。大好きだって伝えるんだ。

「おい、アレン! お前、何だよその笑顔は。昨日、スマイルエクササイズでもしたのか?」

俺の顔を見て驚く友人達。そう、俺は変わったんだ。今日、アイリーンに告白する。
俺は、放課後、アイリーンを校舎裏に呼び出した。俺は現れたアイリーンにぎこちなく挨拶をした。

「その声はアレン君?」

アイリーンが俺を見る。やっぱり可愛いな。

「あ、あの……。俺、アイリーンが好きだ! 俺と付き合って下さい!!」

言った! ついに言った! 何年越しの想いを言った! だけど、アイリーンは何故か、とても戸惑っている。
どうしてだ? 俺は君の好みそのものじゃないか。

「あの、ごめんなさい……」
「え? どうして!? 俺の、俺の笑顔は素敵だろ!? どこがダメだって言うんだ!」

まさかの断り。俺のどこがいけないんだ?

「あの……、私、目が見えないんです。だから、アレン君の笑顔が素敵かどうかはわかりません。 でも、わかるんです。アレン君、何かとても人工的で怖いです。だから、ごめんなさい……」

頭を下げるアイリーン。一体どうして!? 俺は君の為に変わったのに。君の為に、こんなに高い仮面を買ったのに。
許せないよ、アイリーン。俺を振るなんて許せない。

「あ、アレン君!」

苦しそうに喘ぐアイリーン。俺はいつのまにかアイリーンの首を絞めていた。
手に入らないのなら、いっそのこと誰の手にも入らない場所に。
パクパクと酸素を求めるアイリーン。俺はその口を自分の口で塞ぐ。舌で口内を犯す。
何だかとても、おかしな気分。首を絞める力を強くする。あぁ、俺だけのアイリーン。何て綺麗なんだ。

「愛しているよ、アイリーン」

アイリーンはぐにゃりと崩れ落ちた。その瞬間、我に返る。

「う、うわぁぁああぁあ!!?」

俺は人を殺した。首を絞めた感触も残っている。唇にも、舌にも。彼女が残っている。
仮面なんて買わなければよかった。全部、この仮面のせいで、俺は人を殺したんだ。
俺は彼女を殺したその手で、夜の街角へと向かった。仮面の返品のために。
本当は外してから行きたかったけど、外れなかったんだ。

「いらっしゃいませ」

夜の街角へ入り、魔法屋へと急ぐ。
魔法屋には彼女がいたはずなのに、何故か俺の姿が。俺が俺に笑いかけている? 気持悪い、はやく仮面をとりたい。

「スイマセン! この仮面、返品したいんですけど!」

俺は、俺の姿の店員に詰め寄った。店員は困った顔をした。

「申し訳ありません。返品は出来ないことになってます」
「お、お金はいりません! とにかく、この仮面外れないんです! 外して下さい!」

俺がさらに詰め寄ると、店員は溜息をついた。

「お客様、説明書を読みませんでしたね。わかりました、痛いけど我慢してくださいね」

店員は俺に手を伸ばした。やった、これで仮面が外れる。これで悪夢から解放される。

「ちょ、い、痛いんですけど!?」

店員が仮面を外そうとすると、顔に激痛が走った。
一体何故、まさかこの仮面……顔に張り付いているのか!?

「それはしょうがないですよ。説明書にちゃんと書いてあったのに。 お客様がその通りになさらないから。仮面と一緒に顔の皮も剥がれますよ」

クスクスと笑う店員。何だって!? 冗談じゃない! 
だが、店員は手を休めない。

「うわぁぁああぁ! イタイ、イタイ!!」

誰かが魔法屋に入ってくる音がした。誰でもいい。この店員を止めてくれ! 
痛い、イタイ! やめてくれ! 
痛い痛いいタい痛いイたいイたイイタい痛いいたいいタイイタイ痛い痛いイタイイタイイタイ……。

「うわぁあぁああぁああぁ!!!!」




床には血が滴っていた。
男は叫び声をあげ、床に崩れ落ち、動かなくなった。ちゃんとルールは説明したのに。
マジクが楽しそうに笑っている。

「これがトリクさんの望み。ルールを破るからこうなるんだ」

マジクは床に転がっている顔のない男にそう吐き捨て、男の最後の顔を新しい仮面にした。
正直ツライ、マジクの姿はチイに見えるから。ロウに見える時もある。違うとわかっているけど、やっぱり見るのは辛い。
ここの奴らは皆狂っている。大丈夫だよ、チイ。僕は絶対そうならない。だから、ロウと一緒に白い世界で待っていて。



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