見捨てられた勇者


人々は勇者が帰ってきたと歓声を上げた。
何もしなかったくせにと、シロップは悪態をついたが、演説をするから首都の人を集めるようにと言った。 勇者の言うことを断るはずもない。人々は中央広場に集まり、勇者のありがたい言葉を待った。
そこには、キースとチャコの姿もあった。教え子が立派になったと自慢している。クロウは不安げにシロップの隣に立っていた。

「えー、皆を集めたいのはいくつか言いたいことがあるからだ。 まずは一つ目。魔物や魔族を殺すな。あいつらはただ生きているだけだ。 殺さなきゃ、襲われることもないし、魔王も生まれない。魔王がいなければ、勇者もいない、討伐隊のような悲しいことは起こらない」

何人かがすすり泣いたのをクロウは聞いた。

「むやみやたらに殺さなければ殺されることはないから」

人々は黙ってシロップの話を聞いていた。ざわめくことはなかった。ただ、勇者の言葉を一言も逃さずに聞いていた。
シロップは一つ咳払いをした。自分の近くにキースとチャコがいるのを横目で確認する。

「さてと、あと一つ。クロウ、ちょっと借りるな」
「ちょ、シロップ!?」

シロップはそう言うと、クロウの腰に刺さっていた剣を抜いた。 クロウも突然のことで驚き、止める暇もなかった。剣を持ち、キースとチャコの前に立つ。

「よくやったな。さすが、トーヤの……!? な、何をするんだ!!」

キースが誇らしげに笑っていると、シロップはキースに剣を突きつけた。 突然のことで驚いたキースだが、あまりのシロップの冷たい目に恐怖を感じ、動くことさえできなかった。

「クロウの母さん、殺したのお前らだろ? 謝れよ、クロウに。それと、トーヤに! 今みたいに怖くなってトーヤを見捨てたんだろ? それで、 罪悪感でも感じたのか、それとも手柄を立てたかったのかは知らないけど、 勇者のやり残した仕事とか言って旅に出たよな? その時にクロウの母さんを殺したんだろ? もう、全部知ってんだよ」
「ひっ!」

シロップがキースの首元に剣を向けた時、チャコが小さな悲鳴をあげた。 キースは冷や汗をかいている。なるべくシロップを見ないようにと、目を逸らしていた。

「謝らないなら、クロウの母さんやアオト達と同じ目に合わせてやんよ!」
「ひぃ! す、すまない! だ、だからやめてくれ!」

シロップが剣先を当てた時、キースはみっともなくそう懇願しチャコも泣きながら謝り始めた。 シロップにとって、チャコはよく知らない人物であるため、特に何も思っていなかったのだが。
シロップは何も言わずに二人に背を向け、剣をクロウの鞘に戻した。

「やべーよ。俺、剣使っちゃった」

おちゃらけたシロップの答えに、クロウは思わず吹き出して、声に出して笑った。
それからというもの世界は変わった。シロップのあの姿を見て、恐怖を感じたのか、誰もがシロップの言いつけを守った。 人と魔物・魔族はいい感じに共存しあっている。勇者育成所もなくなった。ただの学校になった。 それこそ、魔王もいなくなった。
シロップとクロウはあの氷を溶かす方法を考えながら、音楽を奏でていた。それは楽しそうな音楽を。




魔王は目の前にいる勇者を笑った。
見捨てられ、一人になった勇者を。臆病な人間達を。

「お前、一人でどうやって私を倒すつもりなんだ? 憐れな勇者よ」

冷たい目でトーヤを見下ろすグレイ。
だが、トーヤは恐怖に打ち勝ったかのように、ニコっと笑った。

「倒すよ、必ず。彼らはきっと、いつか戻ってきてくれる」

それは見捨てられた勇者としては、随分と透明感のある笑顔。
グレイは、それが面白くないのか渋い顔をする。部屋が段々と寒くなってきた。

「本当に人間は憐れよのう」

ククっと笑うグレイ。
トーヤは笑っていた。自らを魔王とともに氷の中に閉じ込める準備をしながら。最期の最期まで笑っていた。

「いつか、君達と僕達が言葉や音楽を奏でる日は来るよ。だって、黒も白も必要なんだ。ピアノみたいにさ」




END




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これにて、「見捨てられた勇者」完結です。
見捨てられた勇者とは、トーヤのことであり、シロップのことでもあります。
トーヤは文字通り仲間に見捨てられました。シロップは、全ての人に見捨てられました。
見捨てられていなければ、誰かが一緒に来たでしょう。

そして、魔王を倒せば歓声をあげる人々。何もしなかったのに。勇者1人にやらせただけなのに。
もちろん、そうでない人もいるとは思います。それでも、実際に立ち向かったのは勇者だけです。
特別な人になりたいと思いつつ、誰かがどうにかしてくれる。自分には関係ない。初期のシロップのような人はたくさんいると思います。結局のところ、危ないことはしたくないんですよね。

「人間は憐れだ」と言ったグレイ。
キースとチャコが戻ってこないことは、グレイもトーヤも知っていました。
グレイはそれでも、人を信じるトーヤを憐れだと言いました。
トーヤは、それでも引きません。恐怖に顔をゆがめません。この時には、シロップとクロウのことを知っていたから。

勇者と魔王が出てくる王道な物語かとおもいきや、勇者が裏切られたり、新しい勇者はやる気なかったり。
意外とブラックな面が多いそんなお話でした。


2016.5.8