見捨てられた勇者


クロウはシロップを城の地下へと案内した。
真っ暗な地下で、シロップの白がまるで光のように見える。

「何だか寒くなってきたな」

寒そうにするシロップ。クロウはその原因を知っている。その寒さは、この先にある大きな氷のせいだと。
あれを見せればシロップはきっといつものシロップではなくなる。クロウはそれが見たかった。 そうすれば、きっとシロップは人間を恨むだろう。仲間にすることが出来、一緒に居られる。

「こっちだよ。この部屋に君に見せたいものがある」

ある部屋の前につき、クロウは扉を開ける。ギギギと音と立てる扉。冷気が部屋から流れ込んできた。
部屋の中を覗くと、何かが青白く光っている。

「寒いでしょ。あれは氷だよ。この冷気はあの氷が出しているんだ」

クロウは部屋の中へと入る。
シロップも戸惑ったがクロウの後を追った。息が白くなっていることに気付く。

「おい、見せたいものってなんだよ。こんな寒いとこに連れてきてさ。氷しかないじゃねーか」

あまりの寒さに身震いする。
クロウはクスっと笑い、シロップの方を向いた。

「シロップ。君はまだ気づかないの? 僕が見せたいものが何か。氷に近づいてよく見てみなよ」

寒くないのか平然としているクロウ。
正直、シロップは早くここから出たかった。寒くて仕方がない。目の前には天井まで届く大きな氷しかない。 だが、クロウの言う通り、もう少し氷に近づき、見てみるとそこには信じたくないものがあった。

「トーヤ……?」

トーヤがあの日の姿のまま、氷付けになっていた。
何故、気づかなかったのだろうか。何故、こんな所にトーヤがいるのだろうか。シロップは氷の中で眠っているトーヤから目が離せなかった。

「やっと気づいた? 僕がこの城に来たときからこうなっていた。仲間はのうのうと生きているんでしょ? トーヤは自分で自分を氷付けにした。 魔王ごと。自分一人では勝てないことを知っていたから。これは魔王にも想定外のことだっただろうね。この言っている意味、わかるかい? トーヤは仲間に裏切られたんだよ」

淡々と語るクロウ。シロップは目の前の出来事を信じたくなかった。目の前の現実に、涙が溢れてくる。立っていられなくなり、この場に座り込む。 何となくわかっていた。だから、自分の父親をついていかせた。それなのに……。

「僕だって、トーヤがどんな人かは知っている。それなのに、トーヤは同じ人間に裏切られたんだ。トーヤの仲間は、僕の母を殺したんだよ。手柄が欲しかったのか、罪悪感を感じたのかは知らないけど、僕の母を殺した。 シロップはそれでも言えるの? 同じ種の人間でも裏切ったりしているのに、まだ分かり合えるって言うの?」

クロウはシロップに語りかける。
シロップは黙ったままトーヤを見つめている。それで何かを思ったのか、袖で涙を拭い、立ち上がった。
シロップはクロウの方を向き、二人は向き合う形になった。

「クロウの言うことも一理あるよ。あいつらは、俺の友達の言葉を無視した。 だから、俺の友達は死んだ。それでも、俺は言うよ。言葉に出せば分かり合えるって。伝えることが出来るって!」

シロップの答え。クロウは思わず目を丸くした。予想していなかった答え。
こんな姿のトーヤを見せたというのに。

「それに、皆必要なんだ。人間も魔族も魔物も。ピアノだって、黒と白がある。両方ないと、いい音楽は出来ないんだよ」

柔らかく微笑むシロップ。何色にも染まらない。小さいころからなにも変わらない。その青い目をずっと見ていると飲み込まれそうになる。

「それに、見ろよ。トーヤ、笑ってる。 トーヤは最期まで笑ってたんだ。未来を信じて。だから、俺達の手で世界を変えるんだ! もう、勇者も魔王も作らないためにも。俺達が世界を変えるんだ!」

シロップは、ニッと笑い、手を差し出した。 その笑顔が眩しくて、涙が出てきた。変わっていない彼が嬉しくて、変わらない彼が嬉しくて。
今まで、皆が皆暴力で解決してきた。魔族も、人間も。シロップは言葉を発信することで、世界を変えると。 そんなこと、クロウは考えたこともなかった。
クロウは、シロップの手を取った。そのあと、全ての想いを吐き出した。 全てを言葉にした。シロップも言葉にした。何日も、何日も。シロップと別れた日のこと、母親が殺された日のこと。 城に来た日のこと。トーヤを見つけた日のこと。氷を溶かそうと思ったが溶けなかったこと。シロップの所在を知り、再会したこと。 全てのクロウの想いが言葉になったあと、シロップはクロウを首都へと連れ出した。もう一度、トーヤのことを見て。



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