冬の使い


朝起きて、窓を開けると昨日より寒さが増していた。
そりゃ、そうだ。だってもうすぐ雪が降るんだから。

「おはよー」

着替えてリビングに行くと、お母さんもお兄ちゃんも起きていた。
お父さんは、帰ってきてないみたい。どこ行っちゃったんだろう。

「おはよう、朝ごはん食べちゃいなさい」

お母さんはルーをあやしていた。昨日よりは機嫌が良さそう。ちょっと安心。
あとはお父さんが帰ってくれば元通りになるのにね。早く帰ってくるといいな、昨日はどこに泊まったんだろう。もうすぐ雪が降るっていうのに。

「あ、そうだ。お母さん。もう少ししたら雪が降るみたいだよ。ここ2〜3日で」

僕はブランカに言われたことをお母さんに伝えた。買い物に行くのはお母さんだから。
でも、もしかしたら僕も手伝うかも。

「あら、じゃあ色々と用意しとかなきゃね」

きっと、お母さんは今日買い物に行くんだろう。僕も出来ることは手伝いたい。
スノーウィー達は雪が降るのを悟り、先生に冬眠する日を教え、学校が休みになる日が決まるんだ。 そしたら、春になるまで学校は休みで、スノーウィー達にも会えなくなる。本格的な暗い冬の始まりだ。

「じゃあ、俺は仕事に行くから。お前も早く学校に行けよ」

朝食が食べ終わったお兄ちゃんは、歯を磨き終わるとそう言って玄関へと向かった。
お母さん、ルーをつれて見送りに行った。だいぶ機嫌良いみたいだね。僕も早く食べて学校に行かないと、遅刻しちゃうよ。
僕は急いで朝食を食べ、歯を磨き、準備が整うとランドセルをしょって家を出た。
いつも通る並木道へ出るとたくさんの子が歩いている。皆、コートを着ているのに、どこか寒そうだ。はーって息を吐くと、白い息が出た。

「おはよー、ベル」

並木道を歩いていると、僕の隣にスノーウィーがやって来た。
スノーウィーの猫みたいな尻尾がゆらゆらと揺れている。

「おはよー、今日も寒いねー」
「なー、これは絶対冬の使いが来たよ。だって、僕ママに冬眠の日教えて貰っちゃったもん」

スノーウィーは、手にはぁと息をかけた。僕と同じで、白い息が出た。

「スノーウィー、冬眠したら遊べなくなっちゃうからつまらないな」

僕は溜息をつく。一番の友達、スノーウィーがいなくなるのは本当につまらないことなんだ。
他の仲いい子はそんなに家、近くないし。

「ごめんねー。これが習性だから」

スノーウィーはそう苦笑した。
冬眠してる時は、どんな感じなのかなぁ。




学校は、この並木道を真っ直ぐ行った所にある。木造の学校で、古めかしくて、門を抜け、正面玄関にはベルが付いている。僕がついているわけではない。 他の学校はどんな物か知らないけど、小さい方だと思っているよ。人数だって、都市より少ないし。
お兄ちゃんが言ってたんだけど、最近はこの町を出て、都市に行く人が増えているんだって。お兄ちゃんの友達も都市に行っちゃった。

「さて、本日冬眠の日が発表されました。よって、学校は冬眠の前日、明日で最後になります。次回、学校が始まるのは春からなので皆さん忘れないようにして下さいね」

太ったミランダ先生が黒板の前でそう言った。
誰も驚きはしなかった。こんなに寒いんだ、皆覚悟していたんだ。

僕達は、規則正しく並んだ横に長い机に何人も座り、そこで勉強する。席は決まってないから、僕はいつもスノーウィーと一緒に座っている。
スノーウィーとも明日で暫くお別れだ。つまらないなぁ。
ミランダ先生は、それだけ言うといつも通り授業をした。毎年こうだから慣れているんだろうな、先生も。僕たちも毎年のことだから慣れている。

「なぁ、ベル。知っているか?」

僕がミランダ先生の書いた黒板の字を必死でノートに書き写していると、後ろに座っていたロッシにつつかれた。

「つつかないでよ」
「悪い、悪い。そんなことより、ベルの兄ちゃんって俺のパパと同じ職場だろ? 今日、パパが言ってたんだけど、ついに冬の使いを捕まえるらしいぞ」
「え?」

チビのロッシはそう、自慢気に言った。
ロッシは別に嫌な奴じゃないけど、直ぐにお父さんの自慢をする。こういうところは嫌いだ。特に、お父さんの行方がわからない今は。
でも、冬の使いを捕まえるって、お兄ちゃんの知っているのかな?

「何で冬の使いを捕まえるのさ?」

話を聞いていたスノーウィーがミランダ先生に見つからないように、小声で問うた。
ロッシは僕から視線をスノーウィーに移した。

「お前達は冬眠しているからわからないんだよ。俺達は色々、冬の間は大変なんだぞ。パパもそう言っていた。だから、冬の使いを捕まえるんだ。ママだって賛成していた」

ロッシは、俺はわかっているんだぜって感じで言っているけど、多分僕と同じで何もわかってないと思う。
だって、お兄ちゃんたち凄く難しそうな仕事をしているもの。多分、家でお父さんが話している内容は半分も理解していないと思う。ロッシだし。バカってわけじゃないけど。

「冬の使いを捕まえてどうするのさ?」

スノーウィーはまた問うた。一応、授業の内容もちゃんと聞いているみたい。ノートを取っている。
僕も、耳はロッシに傾け、手は黒板の内容を書き写す。

「そんなこと俺が知るわけないじゃん。でもさ、俺思うんだけど。冬の使いってくらいだから、 誰かに使わされているのか? もし、そうだったら誰に使われているんだ? 冬って奴か?」

ロッシはそう言って、唸ったような声を出した。ロッシが悩む時にいつも出す声。ロッシの言うことも一理ある。
僕達は、冬の使いが冬を運んで来るってことしか知らない。どこから運んできて、どこに行くのかも知らない。
そもそも冬って何なんだ? 何で冬の使いは、使いなんだ? ブランカは誰かの使いなのか?(ブランカが冬の使いかもってことは誰にも言ってないんだけど)ちょっと謎。 今度ブランカに聞いてみようかな。教えてくれるかな。

「ベルの兄ちゃんは、何も教えてくれないのか?」

悩んでいたロッシが急に僕の事を見た。チラリとロッシのノートを見たけど、真っ白だ。話しに夢中になりすぎている。ロッシと言えばロッシらしいけど。 僕はロッシの質問の答えを思い出していた。

「お兄ちゃんは仕事の話とかしてくれないよ」

でも、何か昨日そんな感じのことを言ってた気がしないでもない。冬の使いが誰だかもわからないのにって。
僕の言葉を最後に、この話は終わり、僕達は授業に戻った。ミランダ先生に見つかりそうになったからね。ミランダ先生って怒ると怖いんだ。 あんな黄色の服を着て、全然怖そうに見えないけど、もの凄く怖い。
学校にいる間、おしゃべりで、いつもお父さんのことを自慢するロッシがずっと何かを考え込んでいた。
あの冬の使いの話も僕達にしかしていないっぽい。ロッシは一体何を考えているんだろう? 僕も帰ったらお兄ちゃんに聞いてみよう。 お兄ちゃん、教えてくれるかな。お父さんは帰ってきているといいな。

「ロッシの話、僕達は冬眠しちゃって冬のことは全くよくわからないから、よくわからなかったよ」

学校でお昼を食べ、その帰り道。並木道で、スノーウィーが複雑そうな顔で言った。
冬が近くなると学校もお昼で終わっちゃうからつまらないな。でも、僕はロッシの話はわかった。僕は冬眠しないからね。

「僕も一度だけ、冬を体験してみたいなぁ」

溜息をついたスノーウィーは、僕の事を羨ましそうに見た。
僕は一度でいいから冬眠をしてみたい。お互いない物ねだりだね。不可能なことだけど。



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