冬の使い
スノーウィーと別れて、家に帰るとルーの泣き声が聞こえた。
火がついたように泣くというのはこういうことなのかな。僕は急いで家の中に入った。
「ただいま」
誰の返事もなく、ルーの泣き声しか聞こえない。
お母さん、いないのかな? 鍵開けっ放しでどこか行っちゃったのかな? 僕はルーの泣くリビングへと急いだ。
「ルー? お母さん?」
リビングのドアを開けると、お母さんは椅子に座ってうな垂れていた。
どうやら、僕が帰って来たことも、ルーが泣いていることも気づいてないみたい。お母さん、どうしちゃったんだろう?
「お母さん?」
僕はお母さんの肩を軽く叩き、俯いている顔を覗き込んだ。
お母さんは、ビクっとして僕を見た。
「ベル……? 帰ってきてたの?」
「うん。お母さん、ルー泣いているよ」
「あら、本当。いけないわ」
お母さんは慌てて椅子から立ち上がり、ソファで寝ているルーの所へ行った。
僕はルーが泣きやむのを見て、自分の部屋へと行った。
やっぱり、お父さん帰って来ていないんだ。お母さんも何か様子が変だし、何かあったのかな? お兄ちゃんはいつ帰って来るのだろう。聞きたいことがいっぱいあるのに。
そうだ、ブランカの所に行こう。ブランカなら、何か知っているかも。
ブランカが冬の使いなの? って聞いてみるんだ。もし、そうなら……。
僕は、コートを着て、お母さんに一言言って外に出た。学校とは反対の並木道を歩く。去年と同じなら、今年もあそこにいるはず。あの森に行くには、この並木道を途中で左に曲がり、裏道に出る。あとは森まで一本道だ。この森は暗くて危ないから近づくなって言われているけど、しょうがない。
それに、去年森に行ったけど、危ないことは何も起きなかったし。ただ、街灯がないから暗いだけだ。
僕は急ぎ足で森に入り、小高い丘を目指す。そこには、ブランカがいるはずの古めかしい家が建っているんだ。
ブランカは絶対ここにいるはず、ビアンカと一緒に。ほら、いるよ。家から明かりが漏れている。にしても、本当にこの森は薄暗いね。夜になるまえに帰らないと。
「ブランカ、いる?」
僕はドアをノックする。そうすると、すぐにブランカの声が返って来て、僕を中から呼んだ。
僕はその声に甘えて、ドアを開けて中に入った。
「おー、ベル。どうしたんだ? あ、昨日遊ぶって言ってたから遊びにきたのか?」
ブランカはのほほんと、そう言った。椅子に座ってくつろいでいるブランカ。ビアンカは床で寝ている。
部屋の明かりは小さなランプだけだ。ドアを閉めても隙間風が入って来て、寒い。
「聞きたいことがあるんだ」
僕はブランカの近くに行った。
ビアンカの耳がぴくっと動いたのを僕は見た。
「聞きたいこと? 何だよ改まって」
ブランカは僕にきょとんとした顔を向けた。まずは、ブランカが冬の使いなのかを聞こう。
もしそうだったら狙われていることを言わないと。ただ聞くだけなのに緊張して手に汗をかいている。
つばは飲み込んじゃダメだ。今飲み込んだら言葉と一緒に飲み込んでしまう。俯いて、言葉を探す。
「えっと……ブランカって冬の使いなの!?」
僕は思い切って聞いた。ブランカはどんな顔をしているんだろう。
僕はブランカの顔を見られなかった。
「それを聞いてベルはどうするの?」
ブランカの声からは感情が読み取れなかった。
僕は思わずブランカの顔を見たけど、ブランカの表情はさっきと同じ表情だ。表情からも何も読み取れない。
「どうするって言われても……。もし、そうなら捕まえようとしている人がいるから気をつけてねって言おうと、後誰の使いなのか聞こうと思って……」
僕は、段々と小声になっていた。
もしかして、ブランカに怒られるかも? そうだったら嫌だなぁ。嫌われたら嫌だなぁ。僕、聞いちゃいけないこと聞いたのかな。
「……冬の使いは、冬の使い。冬から冬を貰い、各地を旅する。冬の使いを捕まえたってダメなんだよ」
ブランカは真剣そうだった。
でも、僕はバカだからブランカが自分の話をしているのかはわからなかった。
「ブランカ、僕にはブランカの言っていることがよくわからないよ」
僕が困った顔でそう訴えると、ブランカはニっと笑った。
「つまり、冬の使いが捕まっても冬はなくならないってこと」
やっぱり、ブランカの言うことはよくわからないや。
結局、僕は何もわからないまま家に帰った。家に帰るとお兄ちゃんはもう帰って来ていたけど、やっぱりお父さんはいなかった。
お母さん、泣いている? 机にうつ伏せになって、肩が震えている。
「ベル。ルー連れて部屋行ってろ」
お母さん、どうしたんだろう? そう考えていたらお兄ちゃんにもの凄い迫力でそう言われた。
だから僕は何も言わずに、ルーを連れて部屋に行った。お兄ちゃん、後で何があったのか教えてくれるかな。
暫く、僕は言われた通りに部屋にルーといたよ。でも、お腹が減っちゃったんだ。学校から帰ってきて、何も食べてないから。
僕は、おそるおそるルーを連れてリビングに行くと、お母さんの姿はなく、お兄ちゃんがキッチンに立っていた。
「お兄ちゃん?」
僕はルーを椅子に座らせ、お兄ちゃんを見た。お兄ちゃん、料理している?
「おう、飯遅くなって悪いな」
お兄ちゃんはそう言って笑ったけど、どこか疲れていた。少なくとも僕にはそう見えた。
「お母さんは?」
いつもはお母さんがキッチンにいるのに。今日はどうしちゃったんだろう。さっきは泣いていたみたいだし。
お母さん、どこか具合が悪いのかなぁ。
「母さんは部屋。今日、父さんから俺のところに電話があったんだ」
「え!?」
びっくりした。お父さんから電話があったなんて! でも、良かった。
電話をしてくるってことはお父さん元気なんだね。
「お父さん、いつ帰って来るって言ってた? 明日?」
僕は期待をこめて聞いた。お兄ちゃんは何故か暗い顔をしている。
お父さん、帰って来るっていう電話じゃなかったの……?
「父さんは帰ってこない。他の人を選んだよ」
「……え?」
今日はよくわからないことがよく起こる。
ブランカといい、お兄ちゃんといい、何を言っているんだろう? 他の人ってどういうこと?
「父さんは帰って来ない。違う女と一緒に住んでいる。近々母さんと離婚するって電話がかかってきたんだ。父さんは、うちには二度と帰って来ない」
お兄ちゃんは冷たい口調で、はっきりとそう言った。意味が、わからない。わかりたくない。
冬が来て、喧嘩して、冬のせいで家族がバラバラになっていく。冬が来なかったら、冬がなかったら、お母さんとお父さんは喧嘩しなかった?
僕は、いつの間にか大声で泣いていた。それに、ルーの泣き声も加わり、お兄ちゃんは凄く煩かったと思う。
だけど、お兄ちゃんは何も言わなかった。何も、言わなかったんだ。
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