蒲公英


たんぽぽにはたくさんの花言葉がある。
彼をそのいくつもの花言葉の中の1つで表すとしたら…。


直紀は暗くなるまでその辺をブラブラしていた。
途中コンビニにもよったが、ただ当ても無くブラブラと歩いた。

「直紀! いったいこんな時間まで何やってたの!? 今、何時だと思ってるの? 心配で学校に電話してみると早退したって言うし…。母さんはあんたをそんな子に育てた覚えは無いわよ! 聞いてるの? 直紀」

直紀は家に帰るなり、母親に怒鳴られた。
時計の針は夜の11時をさしていた。
直紀はうるさそうな顔をし、母親を無視し、2階にある自分の部屋に行った。
その間も母親は階段の下で、うるさく怒鳴っていた。

「ったく……いちいち、うるせーんだよ……」

直紀は自分の部屋の前に来た時、階段の方を見ながらそう言った。
母親の怒鳴り声はいつのまにかやんでいた。

「あ、直紀。お帰り〜! ずいぶんと遅かったね?」

直紀が部屋のドアを開けると、中から高い声が聞こえた。
直紀はその声を聞き、思わず驚いてとびあがってしまった。

部屋のドアはきっちり閉まってたはずだ。
それに母親がずっと家に居たわけだから、何か…物音がすれば気付くはずだ。
そして、ここは2階だ。
外を飛べる奴や、ものすごく脚力のある奴くらいしか入ってこれない。
いや、窓もちゃんとしまっていたはずだから誰も入れないはずだ。
直紀は声の主を探した。
声の主はすぐに見つかった。
男の子だった。知らない小さな男の子が直紀のベッドの上に座っていた。

「お前…どっから入った……?」

直紀は脅すように言った。
が、男の子には効果が無くただ笑っているだけだった。

「直紀のお母さんが、ベランダから洗濯物を取り込む時に開いた窓から入ったの。直紀の部屋には下のドアの隙間から」

直紀は顔をしかめた。
母親が窓を開けた瞬間に入った。
それなら母親が絶対気付くはずだ。
なのに、母親は男の子は家の中に入るのに気付かなかった。
直紀はため息をついた。母親に呆れたのだ。

「それより…何で俺の部屋にいるんだよ。俺はお前なんて知らねぇぞ」

直紀は背負っている鞄をその辺に放り投げ、椅子に座った。
男の子は笑った。

「僕はね、直紀に恩返しがしたいんだ。直紀は僕を助けてくれたから」
「助けたぁ? 俺は誰も助けてねぇぞ?」

直紀がそう言うと、男の子は首を横に振った。

「ううん、直紀は僕を助けてくれたよ。直紀は僕をヒカゲから仲間がたくさんいるヒナタへ、太陽の下へと僕を移してくれた。僕は嬉しかったよ?」

直紀は、この小さな男の子が誰だかわかったような気がした。
だが、あえて口にはださなかった。
それは非現実的なことだから。
男の子は続けた。

「僕はね、たんぽぽだよ。名前はひなって言うんだけど、あのたんぽぽの心だよ。その証拠にほら!」

男の子…ひなは一瞬のうちに、たんぽぽの花びらになった。
そして暫くして、小さな男の子の姿に戻った。

「……“真心の愛”か……」

直紀は、ひなの姿を見て呟いた。

「え? 何?」

ひなは、大きな目で直紀をじっと見た。
直紀は何でもないというように、フルフルと首を振った。

“真心の愛”それは信じる愛。たんぽぽの花言葉の1つだ。
そう、その花言葉はまさに、ひなにぴったりな花言葉だ。
直紀はそんな思想を頭の中から消し去り、制服のままでベッドの上に寝転がった。



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