僕らの不思議な夏休み


僕はあまりここを登るつもりはなかったんだけど、宗ちゃんはさっさと登っている。

「待ってよ!」

僕は置いていかれないよう、必死で後を追った。山を登り、鳥居をくぐり、階段を上り……。
三つ目の鳥居をくぐったときにはすっかり疲れてしまっていた。

「あ! 見て。お賽銭箱の近くに誰かいるよ。外国の人かな?」

キョロキョロと見渡すと、あきらかに日本人じゃない男の人がお賽銭箱の近くで饅頭を食べている。どこの国の人だろう。
みた感じ、白人っぽいけどな。

「あ。えーと、エクスキューズミー? えーと、他に誰か……フー? いませんでしたか?」

宗ちゃんがおそるおそる、身振り手振りを入れてその外国人に話しかけた。少し緊張しているみたい。わかるよ、その気持ち。
この人日本語わからなかったら嫌だしね。あ、にこって笑った。

「こんにちハー。キミたち、ここのひとデすか? ボク、ここがすきデよく来ます。いつもは、女の子がいるんデすけど、今日はみません。 デすが、さっき男の子来ました」

外国人は外国人特有のイントネーションで日本語を話した。良かった、日本語わかるんだ。

「ボクは、日本の文化がすきデ、日本にりゅうがくしテいます。 その女の子が言ってたんデすが、キミたちはマガミっテしってますか? ボク、今それにツイテしらべテまス」

何か変なイントネーションでしゃべる外国人。ちょっとカタコトっぽい? なるほど。留学してるから日本語できるのか。
この人がいうマガミっていうのは何だろう。漢字変換できないや。

「すいません、ちょっとわからないです」

僕が悩んでいると、宗ちゃんがそう答えた。外国人は残念そうに溜息をついた。この人はよつばくんの古い知り合いじゃないよね。
も、この人以外には誰もいない。何も収穫がなく、僕たちは神社を後にした。


神社から下りるのも大変だった。むしろ、下りる方が大変かもしれない。何度か転びそうになったし。
ここ、けっこう急だからな。でも、なんとか無事に下につき、三つ目の鳥居をくぐった所で柳沢くんに会った。

「あれ? 宗一郎くん。上にいたの」
「あ。柳沢くん。どこか出かけるの?」

柳沢くんは何か、大きな花束を自転車のカゴに入れていた。誰に花束あげるんだろう。

「うーん。ほら、あいつのとこ。お見舞いに。あいつ、大丈夫なの?」

柳沢くんは真剣な目で、そう問うた。誰か入院でもしてるのかな。あいつって誰だろう。

「うん。大丈夫だよ。それより、マガミって知ってる?」
「マガミ? わかんないけど。そもそもどんな字書くんだ? 漢字変換すら出来ないよ。 宗一郎くん、ケータイ持ってるんだから調べてみれば?」

宗ちゃんははっとした顔をした。柳沢くんはそのまま自転車に乗って行っちゃったけど。そうか。その手があったか。

「宗ちゃん、料金は大丈夫なの?」

確か、ケータイってネットにつないだりするとお金かかるよね。ちょっと心配だな。

「大丈夫だよ。パケホーダイ入ってるから」

宗ちゃんはそう言って、ケータイをいじりはじめた。やっぱりケータイ欲しいなぁ。羨ましい。
都会の子は皆ケータイ持ってるのだろうか。

「あった! 真神! へー、狼のこと言うんだ。でも、結局何? よつばくんと何か関係あるのかな?」

宗ちゃんはケータイと睨めっこし、うーんと唸った。狼、狼……犬じゃないもんね。
何かおばあちゃんがお犬様がどうのって言ってたような気がする。

「宗ちゃん。お犬様と狼は別物だよね? おばあちゃんがよく言ってたんだけど」

僕がそう言うと、宗ちゃんはまたケータイをいじり始めた。きっと、お犬様を調べてるのかも。

「お犬様、お犬様っと……。あった! お犬様は狼のことだって。おばあちゃんは此処の土地の人だから……もしかして?」

宗ちゃんは、はっとしたように鳥居の先を見た。何かわかったのかな。マガミ……狼にお犬様。そして、僕らのおばあちゃん。
あ、もしかして……。

「この神社の神様が狼?」
「そうだ! そうだよ。それで、きっとあの外人が会った女の子が神様で、よつばくんの古い知り合いなんだ!」

僕がポツリと呟くと、宗ちゃんは閃き、走って鳥居の奥へと向かった。
え、また上に行くの? 宗ちゃん、何でそんなに必死なんだろう。そう思いながら、宗ちゃんを追いかけた。

「あれ? キミは、さっきの子ですね」

上に行く途中、さっきの外国人に会った。のんびりと歩いている。

「さっきのマガミデすけど、女の子におしえてもらいました」

外国人は楽しそうにニコニコと笑った。

「その女の子はまだ上にいますか?」
「います。ジンジャにいます」

外国人とうってかわって真剣な宗ちゃん。外国人も少し驚いているみたい。
宗ちゃんはそれだけ聞くと、走って上に向かった。僕も急いで後を追う。宗ちゃん、速くて中々追いつかないや。
僕は運動得意じゃないしね。

「宗ちゃん、待ってよー」

宗ちゃんはみるみるうちに登っていく。宗ちゃん、あんなに速かったっけ? 
僕もやっとの思いで、上についた時、着物の中学生くらいの女の子がいて、宗ちゃんと話していた。
さっき、あんな子いなかったのに、それに誰も上に来ていない。あの子は今までどこにいたんだろう。

「君が、よつばくんの古い知り合い。真神ですか?」

宗ちゃんは真っ直ぐその子を見ていた。この子、何か普通の耳じゃなくて狼の耳みたいのがある。
何かさっきチラっと尻尾も見えたような気がするけど。女の子はクスっと笑った。

「その通りだよ。あたしがよつばの知り合い。あさひって呼んで。 で、こんな所まで一体何の用で来たの? まさか、それを言う為だけじゃ……」

女の子、あさひちゃんは肩にかかってた茶色の長い髪を手で払いのけた。何かはじめから思ってたけど、キレイな子だな。

「あの、僕たち。よつばくんの正体を探っているんです。 それで、よつばくんから、あさひさんが古い知り合いだと聞いて何か知っているかもと思って来たんですけど」
「へー。よつば、またそんなことやってるんだ」

あさひちゃんは、宗ちゃんの話を聞きケラケラと笑った。涙が出るくらい笑い、その涙を拭った。

「よつばはね、性格が悪くて有名なんだ。そういったゲームを気に入った人に持ちかける。 だけど、あいつの正体を暴いた人は誰もいない。あたしだって負けたんだから」

宗ちゃんが絶望的な顔をした。宗ちゃんは大げさだな。何もよつばくんの正体がわからなくなっておいいいじゃないか。
何も起きるわけじゃあるまいし。僕がそう思っていると、あさひちゃんがチラっと僕のことを見た。

「まぁ、そうゆうことじゃね。何となくわかるよ、よつばか勝ったときに与えるもの。 まぁ、あたしの知ってることを教えてもいいけど。 うーん、あたしの頼みごとを聞いてくれたらよつばについて知っていることを教えても良いよ」
「え!?」

宗ちゃん反応早い。しかも、嬉しそう。でも、頼みって何だろう。
あさひちゃんってここの神様でしょ? 神様ってどんなこと頼むんだろう。とんでもないことかな。

「あたしの頼みごとは、外国人の人と会ったでしょ? あの人、クロノって言うんだけど、 クロノにあたしのことどう思ってるか聞いてきてほしいの」

あさひちゃん、そう言って頬を染めた。照れてる。僕と宗ちゃんは顔を見合わせた。

「そんなの自分で聞けばいいじゃん」

思わず口にでた。口がすべったって感じで。そしたら、あさひちゃんに睨まれた。

「それが出来たらとっくにやってる! でも、出来ないから頼んでるの!」

さっきより照れてる。顔が真っ赤だ。
あのクロノって人は人間だよね? これって神様が人間に恋してるってこと? それってありなの?

「神が人に恋なんて、そんなのありなのって顔だね? 大丈夫、別にどうこうなりたいわけじゃない。 一緒にいて、話しているだけでいい。せめて、声だけじゃなくちゃんとあの人に向き合って話がしたいんだ」
「え、もしかしてクロノさんはあさひさんを見たことがないの?」
「そうだよ。彼と話している時はいつも中に隠れてる。流石にこの耳と尻尾は彼も驚くし、最悪嫌われてしまうかもしれないから……」

宗ちゃんの問いにしょんぼりと答えるあさひちゃん。神様も恋なんかするんだな。僕の初恋はいつかな。

「それぐらいなら出来るけど、でもその人がどこにいるかわからないよ」
「それなら大丈夫。夕方六時くらいにまた来るから。その時にまた来てくれれば会えるよ」
「わかった。じゃあ、その時に」


宗ちゃんはコクっと頷いた。こうして僕たちは神社を後にするんだけど、あさひちゃんからはどんなことを聞けるんだろうか。
ちょっと楽しみだけど、凄くくだらないことだったらどうしようかと不安になった。



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