小説家と少年


次の日のこと、貴一が昨日のことを話したのか天沼さん……つまり、貴一の母親がお礼に来た。
貴一の母親、天沼さんにも貴一と同じような痣があった。
まるで、誰かに殴られたような感じだ。
あぁ、そうか。俺は気づいてしまった。気づかなければよかったと思った。
きっと、天沼さんの家ではDVが起こっているんだろう。

「昨日は貴一がお世話になりました」

天沼さんは貴一とともに深ぶかと頭を下げた。
俺は別に感謝されるようなことは何もしていない。
だが、こんなに人に感謝されたのはいつ以来だろう?

「いえ、そんな、私は何も……」

そう。俺は確かに何もしていない。
むしろ、そんなにお礼や感謝がしたいならどこかへ引っ越してもらいたい。
DV家族の隣なんて俺には荷が重すぎる。



だが、俺の微かな期待ははずれ、なぜか貴一は毎日母親が帰ってくるまで、うちに来るようになった。
隣だからかなんとなく貴一の父親の様子を知っている俺には、この捨て犬のような目をした貴一を追い出せるはずもなかった。
どうやら貴一の父親は、毎日酒ばかり飲み仕事をしていないらしい。
なぜ、仕事をしなくなったのかはもちろん、俺は知らない。
部屋にたまに女性を連れ込んで何をしているかなんて、俺には見当もつかない。
と、いうのは少し嘘だ。いや、かなり嘘だ。

「……青葉のおじちゃんは何をしてる人なの?」

貴一が俺があげたホットミルクを飲みながら言った。
相変わらず捨て犬みたいなこいつ。
人として助けてやりたいとは思うが、俺にはどうすることもできない。
俺にだって生活があるし、これは家族の問題だ。

「小説家……」

俺はボソっと答えた。ここ何年も書いてないのに本当に自分を小説家と言えるのだろうか? 
だが、貴一は俺の予想外の反応を示した。

「小説家!? 物語を書く人! 僕も読んでみたい!」

そうだ。貴一は嬉しそうに楽しそうにそう言った。

読んでみたいだって!!? そんなの久しぶりに言われた気がする。
こんな子供の言う事なのに俺はがらにもなくうれしくなってしまった。

「まぁ、たいしたもんじゃないさ。読むならもう少し大きくなってからだな」

俺は貴一の頭をなでた。貴一は笑顔だった。



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