見捨てられた勇者
クロウの住む城から離れた場所に首都がある。そこには、様々な孤児院や学校があり、勇者育成所なるところも存在している。
ここには、腕に覚えのある者や、魔王を倒すと誓った者が勇者をめざし、修行している。新しい魔王が現れてから、勇者のパーティーの者によって急遽作られた場所である。
シロップはその勇者育成所に一年前に連れてこられた。小さな村で育ったシロップは、従兄の旅立ちのさいに、首都の孤児院へと自分の意思で行った。
父には従兄についていくように言い、シロップは自ら一人になった。
その孤児院でのんびりと暮らしていた所、魔王の出現。従兄……勇者トーヤの最後の血縁者としてトーヤのパーティーであったキースとチャコにここに連れてこられたのだ。
「シロップ! お前は一体何を考えているんだ!」
「何も考えていませーん」
訓練所で聞こえるやりとり。それはもう日常茶飯事のやりとりだ。
他の者達はビシッと決めているのに対し、シロップは剣も持たずにしかも白いスエットのような物で現れたのだ。生まれつき白い髪は横にはね、靴も靴下も履いていない。
「お前はそれで本当に魔王が倒せると思っているのか!」
キースが怒鳴った。あの日から比べるとガタイもよくなり歳もとった。
「別に倒そうと何か考えてませーん」
めんどくさそうに答えるシロップ。キースの顔がみるみるうちに赤くなっていく。目もいつもよりつ
り上がり、一目で怒っているのがわかる。
「シロップ! お前は考えが甘過ぎる! それでもトーヤの従弟か! お前だって魔王のせいで人間達がどれ程苦しんでいるのか知ってるいだろう!」
カンカンになって怒るキース。だがシロップは一切動じない。のんきにあくび何かしている。
「だって俺シロップだしー。甘いのは当然だろ。てかいちいちトーヤと比べんなよ。それに俺は魔王に苦しめられてない」
相変わらずのんきなシロップ。訓練をしている者の手が止まっている。
「だー! お前はトーヤと全然似とらん! 訓練の邪魔だ! 帰れ!」
大声を出すキース。シロップの思うつぼである。シロップは誰にも気づかれないように微かに笑った。
「あーい。お疲れっしたー」
裾あげしていないズボンを引きずりながら、シロップは自分の部屋がある寮へと帰る。
キースは気がつかなかったが、シロップを追うものがいた。腰に剣をさしている青い髪の少年。若干だらしがない服装だが、シロップと比べるとピシッとしている。
「おーい、シロップー」
少年は先を歩くシロップに声をかけた。シロップは立ち止まりゆっくりと振り向く。
「おー、アオトか。お前も追い出されたのかー?」
ははっと笑うシロップ。アオトはシロップの隣に来て、肩を組んだ。
「なあ、お前ピアノ弾きに行くんだろ? 俺が聴いてやるよ」
ニッと笑うアオト。シロップよりここにいる期間は短いが、アオトは剣の腕もよく、皆の期待を背負っている。
初めのころは真面目が歩いて知る感じの少年であったが、シロップと出会い変わってしまった。
「それはありがてぇこった。でもお前は訓練行った方がいいんじゃないかー?」
アオトの返答に予想がついているのか、シロップはニヤリと笑った。アオトも同じようにニヤリと笑う。
「何言ってんだよ。事の発端はお前だろ。お前が白と黒が混ざりあって初めて美しい音楽が生まれるとか言うから……。
とにかく俺は戦わないの。俺も魔王のせいで苦しんでないし」
声に出して笑う二人。こうして笑っていられるのだから何も困ってはいない。
シロップは剣を握ったことがなかった。今も昔もシロップの手はピアノを弾いていただけだ。
前魔王の時も、父親とトーヤを送り出した時も孤児院でも。勇者には興味がないし、トーヤ以外は不適合だとも思っている。
旨いご飯が食べられて、暖かい所で眠り、ピアノが弾ければ十分だ。そう言ったのにそれでもトーヤは誰もやらないからと勇者になった。
キース達から旅に同行していたシロップの父親は途中でトーヤを守り死んだと聞かされていたが、トーヤについては何も聞かされなかった。
あれから六年もたつ。トーヤの姿は一度も見ていない。
「お前もピアノに触ってみろよ。ハマるぞー。トーヤだってハマったんだからな」
寮につき、シロップの部屋へと向かう。部屋にはベッドと本棚とピアノ。
アオトはピアノの椅子に座ったシロップを見て、近くの床に座った。
「いいよ。俺は聴いている方が好き」
あぐらをかき、頬杖をつくアオト。
他の勇者候補生達は剣の訓練をしているのだろうか。シロップはそんなことも気にせずに、楽しそうにピアノを弾き始めた。
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