見捨てられた勇者


ピアノの音が聴こえた気がした。風が運んで来たのか。懐かしい音で思わず涙が出た。

「クロウ様、また泣いていらっしゃるんですか?」

アカギがポケットからハンカチを取りだし、涙を拭こうとするが、クロウはそれを拒否した。

「ごめん。何でもない。ピアノの音が聴こえた気がして」

袖で涙を拭う。もうピアノの音は聴こえない。
やはり、あれは空耳だったのだろうか。
ピアノの音を、白い髪を見ると、あの村で共に育った幼馴染みを思い出す。
自分が魔族だと知っても変わらず接してくれた。魔族も必要なんだと言ってくれた。

「まだ、首都にいるのかな」

独り言のように呟くクロウ。
トーヤが村を旅立った時、自ら首都に行くと言った幼馴染み。それからは一度も会っていない。

「クロウ様。近々また討伐隊が来るそうですよ」

どこから情報を仕入れたのか。アカギは膝まずき、クロウに忠誠を誓う。

「そう。だったらまた殺してあげないとね。そうだな。そろそろ首都に行ってみるか。あそこには恨むべき人間がいる」

クロウは窓の外を見た。暗い空の下、遠くの方で灯りが見える。あそこに諸悪の根源がいるはずだ。
人間の足では何日もかかるが、クロウ達なら、もっと早く……。あるいは、一日もかからないかもしれない。

「ですがクロウ様。お言葉を返すようですが、首都には魔除けの結界があるとか。私達では中に入るどころか近づくことさえ出来ません」

アカギが不安そうな表情でクロウを見た。
魔除けの結界は今一番強い魔法使いであるとされるチャコがはったものだ。それはとても強力な結界で、魔族や魔物、悪魔などはその結界に触れるとたちどころに塵になるとか。 影も残らないとか。実際に見たという情報も入っている。
クロウには、それが気にくわなかった。結界もそうだかはった人物が気にくわなかった。結界は首都にしかはっていない。自分達だけが守られるのだ。 危険なことは若者達にやらせる。
結界がはれるなら町や村にもはればいいのにそうしない。あの結界は世界を守るものではなく、自分達だけを守る結界なのだ。なにより、チャコはあの時あの場所にいた。

「あんな結界、僕には効かない。邪魔する奴も歯向かう奴も殺せばいい。奴らに僕達と同じ目に合わせてやるんだ」

クロウの心に灯った復讐の炎が大きくなる。
人間達に復讐を。それだけのために魔王になったのだから。

「この世界は僕達が支配する。アカギ、手伝ってくれるね?」
「も、もちろんです!このアカギ、どこまでもクロウ様について行きます!」

クロウから直接言葉を貰い、アカギの顔がぱっと明るくなった。
また今日も闇が広がってゆく。



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