見捨てられた勇者


月明かりが輝く中、クロウは首都の結界を破った。
アカギでは破れなかったか、クロウはいとも簡単に破ったのだ。

「さすがクロウ様! こうも簡単に結界を破られてしまうなんて! お父上ですら出来ませんでしたよ!」

アカギが嬉々として言う。クロウは正直、父親のことはよくわからない。
話を聞く限りでは強かったようだが、父親を知るものによるとクロウの方が力も魔力もあるらしい。
だが魔王と勇者の本当の結末はクロウしか知らない。

「きっと父には僕のように明確な目的がなかったんだ。だからより明確な目的がある勇者に負けたんだ」

勇者がトーヤがどんな人物だったか知っている。真っ直ぐな瞳の持ち主で、人を信じ、いつでも笑っていた。きっと最期まで笑っていたのだろう。
だからこそ、魔王と勇者はあのような結末になったのだ。

「クロウ様、ここを私達の新しい拠点にしましょう!」

もうすぐ人間の時代は終わる。そう思うとアカギは嬉しいのか、ニコニコと笑っている。
新しい時代を作ったのは人間であるトーヤ。その時代を終わらせるきっかけを作ったのも人間。
しかも、それは……勇者の仲間達だ。クロウはそんな人間達を鼻で笑った。

「そうだね。これで僕の復讐も終わる」

真っ直ぐと前を見るクロウ。ずっと自分達は虐げられてきた。
人間達は魔物や魔族・魔女が存在することを許さなかった。だったら自分達も人間がいることを許さない。
首都の人間達はのうのうと暮らしていた。結界が破かれたというのに気づいていないのか慌てる様子もない。
危険な夜だというのに騒いでいる若者や喧嘩しているものがいる。他の町や村では外に出ること自体が命懸けだと言うのに。

「人間達は醜い。同じ人間同士、争い傷つけあう。あの時感じた恐怖を味合わせてやる」

人間達が憎い。クロウはぎゅっと唇を噛む。
目の前で母親を殺された。自分も殺されるかと思った。だが、仲間達が守ってくれた。人間達にはそれがない。
クロウは知っている。あのトーヤでさえ、仲間達から傷つけられ、裏切られたことを。

「あれ? クロウ様、変な音が聞こえませんか?」

クロウが怒りに震えていると、アカギがそう言った。アカギを見ると耳を澄ませている。
クロウも心を落ち着かせ、耳を澄ます。聴こえる。確かに風に乗って聴こえる。懐かしい、ピアノの音が。

「クロウ様!?」

クロウはいつの間にか走り出していた。
音がどこから聴こえ、誰が奏でているのか。

「クロウ様、待って下さい!」

アカギのことなど気にせずに音を探す。旋律が変わる。歌っている声が聴こえた。彼の声が彼の音が。
音を頼りに辿り着いた場所は、学校みたいなところ。孤児院ではなさそうだが、確かに音はここから聴こえてくる。

「ここは勇者育成所ですね。クロウ様が魔王に君臨されてから人間達によって作られた場所です……って、クロウ様!?」

クロウは塀を超えて中に入る。アカギは溜め息をつき、その後を追いかける。
走っていると音が段々と近くなる。さっきまで見ていたのとは違う建物。その建物の一室に灯りがついている。音はその部屋から聴こえてくる。
ピアノの音だけではなく、歌う声に笑い声。
窓から中の様子が見えた。少年達が楽しそうに笑っている。その中央にはピアノがあって、彼が音を奏でている。

「シロップ……」

クロウの頬を涙が伝う。昔、一緒に遊んだ大切な友達があそこにいる。

「シロップ。君は何処にいても、誰といても変わらないんだね」
「クロウ様?」

アカギが不思議そうな顔でクロウを見た。
クロウはシロップに背を向け、闇へと消えた。首都の夜は何事もなかったかのように過ぎていった。



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