見捨てられた勇者


朝起きてみると、誰もいなかった。昨日、騒いで歌ったあと、それぞれの部屋に帰ったはずだった。
今日は随分としーんとしている。まるで、誰もいないかのようだ。
あくびをしながら歩いていると、シロップの耳に気になる会話が聞こえてきた。

「あの九人行っちゃったな」
「ああ。行かないって言ってたのに、臆病者って罵られて無理やり行かされたな」

可哀想にとでもいうような会話。それは、最近ここに入ってきた少年達の会話。
そういえば、今日の朝、討伐隊は出発することになっていた。

「まさか、あいつら……」

嫌な予感がする。昨日、あんなに笑いあって歌いあったのに。
シロップは走り出していた。キースを探して。討伐隊を組んだのはキースだ。チャコも一緒にやったらしいが、チャコのことはよく知らない。 もしかしたら顔もわからないかもしれない。
それに、もし行かされたのであれば、それはキースの仕業に決まっている。シロップは証拠もないのに、そう確信していた。

「おい!」

ノックもせずに、ドアを開け放つ。
キースがよくいる部屋。キースの研究室みたいなものだ。

「ノックをしろ」

キースは椅子に座り、剣の手入れをしていた。キースはシロップの方を見ずに言った。
シロップはズカズカと部屋の中に入り、キースの後ろに立った。

「お前があいつらを討伐に行かせたのか?」

シロップはキースを見下ろす。キースは溜め息をつき、椅子ごとシロップの方を向いた。

「お前は何を言っているんだ。本当に甘い奴め。あの討伐隊は我々が確実に魔王を倒せると思ったメンバーだ。 チャコの教え子の魔法使いだっている。今になって行きたくないと言い出したが、そんなの許されるわけがないだろう? 魔王を倒せば晴れて勇者になれる。 勇者には誰だってなりたいものだ。あの子達だって。俺はその機会を与えただけさ」

キースはフンと鼻を鳴らした。威張り、まるで自分は凄い奴だとでも言うように。
それがシロップには腹立たしかった。
誰もキースには意見しない。今の魔王が前の魔王より強いことは誰もが知っている。
トーヤがいないのだって知っている。

「ならお前が行けばいいじゃねーかよ! トーヤと一緒に魔王を倒したんだろ!? それで、お前は帰って来たんだろ! 誰だって勇者にないたいって!? だったらお前が なってこいよ! 前回なれなかったんだろ? だったらなってこいよ! お前の方があいつらより強いじゃねぇか!」

シロップは強い口調でキースに言い放った。シロップはさらに続ける。

「大体、トーヤはどこにいんだよ!! 何でトーヤは帰ってこないんだよ! 本当はトーヤを見捨てて逃げてきたんじゃないのか!? 勇者なんて、 本当は誰もなりたくないんだよ!!」

キースは驚いた顔をした。目を丸くし、すぐにシロップから目を逸らす。
シロップは感情を表に出すようなタイプではない。シロップは知っている。トーヤが「誰も勇者になりたくないなら、僕がやる」と言っていたことを。
勇者なんていうのは、ただ皆憧れているだけだ。誰だって、恐ろしい魔王なんかとは対峙したくはない。だからこそ、前回だって誰も勇者になりたがらなかった。

「皆が死んだらお前のせいだからだ」

シロップはさらに言い放った。キースは言葉を失っていた。
シロップは、くるりとキースに背をむけ、ドアを開け、力任せにドアを閉めた。物凄い音がした。
一体自分はどうすればいいのか。助けにいった方がいいのか。ここで待つべきなのか。自分一人が行ったって何が出来る? まともに剣すら握ったことがないのに。
トーヤだったらこんな時どうしてた? 自分がいっても役立たずなのではないだろうか。様々な思いがシロップの中を交差する。

「そういえば、結界、消えたな……」

昨日の段階で既に気づいていた。
誰も気づいていなかったから特に何も言わなかったが、今日になっても結界がないということは、チャコ本人すら気づいていないということだ。
誰かが意図的に結界を消したのだろうか。

「アオト……」

シロップは一人呟く。行きたくないと言っていたのに、行かされた。
一体彼らはどんな思いでいるのか。シロップには知る由も無かった。



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