見捨てられた勇者


シロップは自分の目を疑った。同時に、やっぱりなとも思った。討伐隊は魔王の城へ行ったきり帰ってこなかった。
気がついたら、勇者慰霊碑に名が刻まれており、遺体もない中セレモニーが行われた。勇者慰霊碑には、今までの帰ってこなかった人達の名前が刻まれている。 そこにトーヤの名前はないが、新しくアオト達の名前が加わった。

「あいつらは、戦うのが恐いんだ」

セレモニーの最中、すすり泣く声が聞こえる中、シロップはそう呟いた。
前にでて偉そうに語るキース。その横には茶髪の女。きっとあれがチャコだろう。彼らのことはよく知っていますとか言っているが、本当は何も知らない。 しまいには、泣き出し、美談で終わらせようとしている。
今までとまったく同じ。何人もの少年達を討伐隊として送り込み、殺してきた。それを何もわかっていない。

「彼らはとても優秀で……」

目頭を押さえながら語るキース。シロップにはそんなキースの言葉は耳に入ってこない。
自分に出来ることは何だ。死んだ彼らにしてあげられることは。トーヤだったら何をする?
 顔を上げると、写真の中のアオトと目があった気がした。笑っている。だけど、何かを訴えかけてくる。シロップは頷き、その場に立ち上がった。

「彼らを失ったことは……」

キースの語りが止まった。追悼に来ていた全員が何事かと、シロップを見た。
真っ黒の中に浮かぶ白。それはまるで、何かを現しているようで。

「アオト達は行きたくないって言っていた。なのに、無理やり行かされた。結界が消えたことも気付かない大人達に!!」

前方にいるキースとチャコを指差す。勇者のパーティーだった二人。魔王と勇者と共に倒したと言われる二人。 だが、実際のところはどうなのだろうか。なぜ、トーヤだけ帰って来ない。なぜ、彼らでさえ、トーヤのことは何も語らない。
トーヤは、勇者は一人で戦った。一人で戦い、平和を取り戻した。だからこそ、この男達はのうのうを生きていられるのだ。 自分達が魔王を倒しにいかないのは、恐いからだ。恐くて逃げ出すのをわかっているからだ。

「勇者は、トーヤは見捨てられた。お前達はまた同じことを繰り返している! 魔王が恐くて逃げているだけだ! お前達と俺の親父と、トーヤを一緒にするな!!」

大声で叫ぶ。会場がざわつく。キース達は慌てている。まるで、図星だと言っているように。
勇敢に戦い、トーヤを守った父親。世界を平和にしたトーヤ。本当は帰ってきて欲しかったけど、今更何をいってもしょうがない。

「な、お前は何を言っているのだ!!」

キースがそう叫んだが、まわりのざわめきでよく聞こえない。
シロップはキースを睨み、くるりとアオト達に背を向けた。

「俺が行ってやんよ。どうせ、世間は全て勇者に押し付け、勇者を見捨てるんだ。トーヤが、討伐隊がそうだ。親も友達も死んだ。俺がやってやんよ」

ざわめきの中、シロップはセレモニーの会場から出て行った。
もう、誰も勇者にならないことを願いながら。
剣は持っていかなかった。この手はピアノを弾く手であって、剣を握る手ではない。
何だか複雑な気分だ。トーヤも旅立ちの前はこんな気分だったのだろうか。全てを押し付けられ、見捨てられた勇者。

「何で、魔王はこんなことをしようと思ったんだろう」

ふと思った疑問。そもそも初めにやり始めたのはどちらなのだろうか。
何故、こんなことになっているのだろうか。

「あいつ、どうしてるんだろうな」

突如浮かんだ幼馴染の顔。魔族で魔女の子供だった幼馴染。
こんな世の中だ。退治されていないだろうかと心配になる。元気でやっているのだろうかと。



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